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暗殺教室(イト狭):アラクネはそれでも足掻く

十月も終わりかあ…。
久し振りですイト狭です!
珍しく狭間さん→イトナ君。鵜守にしちゃ割と甘め。
どスランプ中の文章リハビリ、下手くそはご勘弁。神話の下りはあくまでも『一説によれば』、です。
Not simple(オノナツメ著)の一場面を少し参考。


曇り一つない銀色に磨き上げたはんだごての先を寝かせて、基板の銅色の部分に当てて温める。数秒したら、針金みたいなはんだの先端をそこにつけて、溶かす。頭の奥をツーンと刺激するような、フラックスのニオイが煙と共に立ち込めた。
 流石に手際の良い、イトナの手の中で着々と工作物が形作られていく。どうやら今回の作品も戦車の形らしい。
 綺羅々はいつしか文庫本のページを捲る手を止めて、イトナが作業する様子にじっと見入っていた。
「…あまり見られていると気が散る」
 背中で視線を感じ取ったのか、イトナはドライバーでネジを締めながらも僅かに困惑したように呟いた。
「悪かったわね」
 綺羅々はそう言いつつも、イトナの手元から視線を離さなかった。
「もしかして、興味あるのか?電子工作」
 イトナが一瞬だけ手を止めて、後ろを振り返って訊いた。綺羅々はスパッと切り捨てる、
「全く興味無い。」
 他でもない、イトナが何かを作っているから、目を奪われるだけだ。
 まあ、そんな歯の浮いた台詞、口が裂けても言わないけれど。
 イトナはそんな綺羅々の素っ気も愛想もない言い方にも構わず、「それは残念だな」と返しただけで黙々と作業を続ける。
 その怜悧な横顔は、自分の集中を乱す余計なものを一切受け付けないといった厳しさを纏っていた。それが少しだけ面白くなくて、綺羅々はまたその屈めた背中に声をかけた。
「そんな訳わからないチップとか金属とか切ったり貼ったりして、何が楽しいの?」
「興味無いんじゃなかったのか?」
 イトナは綺羅々の、失礼とも思える質問に対しても気にする様子は見せなかった。しかし、ドライバーと組み立て途中の作品を机に置いて、顔を上げた。
「楽しいぞ?だって、店なんかには売ってない、今までこの世のどこにもなかったモノが出来るんだから。他でもない自分の手で新しいモノを生み出せる、こんな面白いことが他にあるだろうか」
 いつもと同じ、機械じみて淡々とした口調に、珍しい程の情熱を込めて語る。イトナの子猫のように大きな瞳は、普段にも増してキラキラ輝いていた。表情はいつもと変わらない鉄壁の無表情だが。それで綺羅々は、コイツは本当に電子工作が好きなんだなと思い知る。
綺羅々はふと思い立って、イトナに訊ねてみる。
「やっぱりあんたはさ、将来親の工場立て直すのが目的なの?」
 綺羅々の問いに、イトナの表情が少し陰った。未だにどこで何をしているのか、生きているのか死んでいるのかすら判らない両親のことを思い出したのだろう。少し間を置いて、イトナは答えた。
「小さい時から、『お前はこの工場を、世界を影から背負って立つ身』と言われていた。だから、絶対に俺は、工場を復興させなければならない。まずは暗殺を成功させて資金を手に入れることからだが」
 話している内に、瞳に光が戻ってきた。それは、イトナの行く末を照らすたった一つの光であり、かつて触手を植え付けられていた彼が取り付かれていた、狂気じみた執念をほんの少し思い起こさせるものだった。
「…ふーん」
 綺羅々は同意も否定もしなかった。
 自分を捨てた親の言葉を、それでもそこまで信じられるなんてね。
 コドモみたい、と呆れる一方で、よっぽど愛されてきたんだなぁ、と少し羨ましくなる。
自分は、最早両親のことを冷めた目でしか見られないから。
「狭間は?将来何になりたいかとか、あるのか?」
 今度はイトナが綺羅々に訊く番だった。綺羅々は少し前にした進路相談で殺せんせーに伝えたことと同じことを言う。
「私はこの通り、活字が好きだから。なるべくデカい図書館の司書になりたい」
未来を語る、綺羅々の口元が綻んでいた。あまり見ない表情にイトナはあれ?と違和感を感じるが、その正体が解らなかったのでそのまま話を続けた。
「理解できないな、小説の面白さとか」
「意外に面白いかもしれないわよ。小説だったら別の世界に連れて行ってくれるし、雑学本なら知識も増えるし」
 これまた珍しく、楽しそうに語る綺羅々に対してイトナは何ともロマンの無い返答をした。
「俺は小説が読めない。眠くなる、専門書かグラビアでも眺めていた方がずっとマシだ」
「あっそ。…まあ、事実は小説より奇なりって云うし、あんたの半生の方がよっぽど波乱万丈で刺激的っぽいしねー」
 そう言って綺羅々はクククと笑う。
「笑い事じゃない…」
 イトナは眉根にわずかに皺を寄せる。しかし、意外に腹は立たなかった。人に裏切られ続けたここ数年間。まだ傷の塞がり切っていない苦しい記憶を茶化されて笑われるなんて、許せないことの筈なのに。
 まあ、女相手に腹を立てても仕方ないから、と軽くため息をついてドライバーを握り直すと、綺羅々がまた話し掛けてきた。
「織物名人アラクネと、アテナの話を知ってる?」
「…ギリシャ神話、だったか」
 必要なサイズのネジを小箱から取り出しながら、イトナは返事をした。
 綺羅々は頷いた、
「そう。…神にも負けない腕だと豪語したアラクネが、女神アテナと機織り勝負をすることになったの。勝負自体は互角だったんだけれどね。アラクネが作ったタペストリーの題材がアテナの父親ゼウスを貶めるモノだったから、アテナは怒ってタペストリーを破壊した上でアラクネを自死に追いやってしまうの。それでも飽きたらず、アテナはトリカブトの汁を撒いて、アラクネを醜い蜘蛛の姿に転生させて、死ぬことすら許さなかったというの。…酷いと思わない?」
「俺はただ『ふーん』としか…作り話だし」
 綺羅々が何故、唐突にそんな話を始めたのか意図が掴めず、イトナは困惑しながら聞いていた。作業はまたしても中断させられてしまった。
綺羅々は構わず、話を続けた。
「でも、今や蜘蛛は色々な形態や生き方をそれぞれ進化させて、世界中に広がって生息している。例えばこのアシュラ。」
 綺羅々はスクールバッグから、毒々しい色合いの巨大なタランチュラを徐に取り出した。時々、バッグに忍ばせて学校に連れて来るのである。
「タランチュラは、バナナとかに仔蜘蛛や卵の状態でくっついて、世界中に広がったんだって。アシュラみたいに色が綺麗な種類は人に飼われることで自分の子孫を残すし」
「それ、俺の頭の上に置いたりするなよ?」
 イトナは無表情からほんの少し、しかしあからさまに嫌そうな顔色を浮かべて作業に支障のない程度に綺羅々から距離をとる。
 綺羅々はクククと可笑しそうに笑ってから、また話し始めた。
「そう、そんな風に大抵の人に嫌われて疎まれても、こいつらは糸を紡ぐ。生きるために殖えるために。ちょっとだけ、あんたに似ていると思うけどね。」
「…」
 それを言いたくて神話云々言い出したのか。
 イトナはようやく綺羅々の話の意図を掴むことが出来た。
 しかし、嫌われても疎まれてもって。人気者とは思わないが、そんな嫌われ者であるとも思えない。少なくとも、E組に居る今現在は。
「…蜘蛛に似ていると言われたのは初めてだな」
 どう返答して良いものか考えあぐねた末に、そんなつまらない言葉が捻り出されてきた。
 綺羅々は空中で苦しそうに沢山の脚を蠢かせているアシュラをスクールバッグの中にしまい、イトナの机の前、イトナの真っ正面に回る。そして座ったままのイトナを見下ろし、凛とした声で言い放った。
「あんたを、物語にしようと思う」
「…は?」
 またしても、あまりに突飛な綺羅々の提案に、ポカンとしてイトナは彼女を見上げた。綺羅々は、いつもの寺坂達とろくでもないことを企んでいる時の笑顔で説明する。
「あんたの人生を見ているのは面白そうだからさ。一度全てを奪われたあんたが、手先の器用さだけを唯一の武器に世界に挑んでいくの。世界に勝てたら、物語はハッピーエンド。負けたら、勿論バッドエンドよ。…私個人としては悲劇の方が好きなんだけど」
「人の人生をネタにするな」
 愉しそうな綺羅々に対して、苦い顔でイトナはドライバーを三度拾い上げる。
 全くこの女は、何でそう酷いことを易々と口にするのか。
「まー、私自身にも目標があるし、そればっかり関わっている訳にもいかないので?精々私が飽きないような人生送って頂戴よ」
 そう言って、綺羅々は笑う。
イトナは呆れた、という表情でため息をつく。しかし、どうしてだろう?イトナは違和感の正体に、不意に気が付いた。
ああ、理解した。俺は狭間の笑顔が、好きなのだ。
イトナは顔を上げ、綺羅々と真っ直ぐ視線を合わせる。
「お前のエンターテイメントを演じる気はさらさら無いが、そう言うなら高い所からそうして見ているが良い。親父が興して潰した企業を、世界に名だたる企業にしてやる。一度、この堀部電子製作所を要らないと切り捨てた世界が、喉から手が出るくらいに欲しがる技術を俺が開発してやる。」
「やってみなよ。あんたの復讐劇、楽しませてもらうわ」
イトナは口元にやや挑戦的に笑みを浮かべる。綺羅々も、笑みを返してやる。

願わくば、物語(サーガ)の終わりは笑いで締め括られるように。ついでに、女神面して高みの見物決め込んでいるコイツを、地上に引き摺り下ろせるくらいの高みに届くように。

「…ところで、書いた物語はどうするつもりだ?」
「私のポケットマネーよ?他にどうするというの」
「そりゃそうか」

over
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暗殺教室(吉原):檸檬~吉田寿美鈴の素晴らしくトラブルな日常~

Not梶井基次郎。子供や旦那さんに煩わされる寿美鈴さんのお話。山のないなだらかな日常の一部。未来捏造。吉原始め、「彼」と「彼女」の子供とか、「彼」と名も知らぬステキな奥方の子供とか、私が思い描いた通り勝手に作ってますが、ほんのお遊びみたいなものなので悪しからず。


レースのカーテンを掛けた窓から差し込む、白い日差し。遠く聞こえるクマゼミの声。…夏、真っ盛り。
吉田寿美鈴はようやっと家の掃除を終え、タオルで汗を拭きながら、白を基調とした清潔感のある、広い台所に向かう。壁に掛けてある、丸くて黄色い時計は、11時20分を指していた。
…もうすぐ昼食の時間だ。

遅くなっちゃったけど、何ならすぐに作れるだろう?家庭菜園で採れたトマトとかナスとかズッキーニがまだ余ってたっけ。それ全部刻んでドライカレーにしちゃおうか。

寿美鈴は冷蔵庫の野菜室を開けて、使いかけの野菜の断片をいくつか取り出した。使い込まれたまな板と、すっかり手になじんだ包丁で、手際よく材料をみじん切りにしていく。たんたんたんたん、小気味いい音が台所に響いた。

料理をするのは、やっぱり好きだ。他の家事と違って、苦労の成果が分かりやすく出るからだ。みんなにも、喜んで貰えやすいし。自分も、食べることが好きだし。

ひき肉と刻んだ野菜を、テフロン加工が禿げかけたフライパンに全部放り込み、カレー粉で炒める。木べらを使ってよく混ぜて、万遍なく。全体的に油を吸ってしんなりして、ターメリック色に染まったら、赤ワインとトマトの缶詰、隠し味にいくつかの調味料を入れて、蓋をして煮込む。そうそう、ローリエも忘れずに。

煮詰まって、味が馴染むまで、少し時間が空いてしまった。やれることはないだろうか?

寿美鈴はきょろきょろと周りを見回す。台所も、ダイニングも、掃除したばかりのこの家はどこもかしこも綺麗で、やるべき仕事は残されてはいなかった。

手持無沙汰に腕を組んだ寿美鈴の視界の端に飛び込んできたのは、キッチンの窓近く、中庭に生えている、檸檬の木だった。栽培十年目の檸檬。大切に世話をしてきた甲斐あって、大分沢山の実を結ぶようになった。
寿美鈴は微笑んで、縁側からサンダルを履いて外に出る。そして檸檬の木の傍にしゃがんで、囁いた。
「今日も素敵ね」
寿美鈴はエプロンのポケットから園芸用の鋏を取り出して、よく熟れた黄色い果実を一つ選んでぷちりと切り取る。台所に戻って、檸檬を二つに切って、ガラスの絞り器に押し付けて絞れば、鮮烈な香りが果汁と一緒にはじけ飛んだ。

椚が丘市の、曲名はわからないが何とも切なげな曲調の、お昼のチャイムが流れてきた。同時に、玄関の引き戸がガラガラ、と開く音がした。
「ただいまぁ」
慌てて出迎えると、ツナギ姿でオイルの匂いを纏った、夫の大成がスニーカーを脱いでいるところだった。
「お帰りなさい。早かったわね」
「おう。カレー?」
部屋中に漂う香辛料の香りに、大成は驚いたような顔をして訊いてくる。
「ドライカレーの方だけどね。簡単なもので、すみませんね」
寿美鈴は台所に戻り、皿を用意しながら答えた。
「いや、逆だよ。昼飯なんだし、もっと簡単なモノでもいいのに」
そうは言うものの昔っからの好物だからか、大成の表情は僅かにほころんでいる。寿美鈴もふふっと笑って、皿に炊き立てのご飯とルウを盛り付けた。

久し振りにちょっと、新婚さん気分。

何だか部屋中を、甘い空気が満たしかけた、その時。
「ただいまあ!!」
「ただいま!!」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「こんちはー!」
ガラガラガラ、バターンと壊れるんじゃないかと思うくらい乱暴な音を立てて、再び玄関の戸が開いた。そして間を空けず、わらわらと子供たちが五人、プール帰りの塩素臭を撒き散らしながら家の中に入ってきた。
「母ちゃん、腹減ったー」
つんつん短い髪に日焼けした肌、父親そっくりの端正な顔立ち。吉田家の長男・大寿(たいじゅ)が先頭だ。
「わーいカレーだぁ」
母親が手に持った皿を見て、短いツインテールの可愛い大寿の妹、成美(なるみ)が歓声を上げる。それから後ろに並んでいる自分より年上の少女たち二人と、パチパチとハイタッチをした。

…決して迷惑じゃない、寧ろ大寿や成美と同じくらいには大切に思っている子供たちだ、しかし。

「あら、綾(あや)成(な)ちゃん瑞綺(みずき)ちゃん海舟くんいらっしゃい」
それぞれ中学時代以来の親友たちの面影を持つ子供たちに笑顔であいさつした後、寿美鈴は冷蔵庫を開けようとする大寿を捕まえ、小さい声で注意した。
「お友達を連れてくるときは一言連絡してって何度も言ってるでしょ?」
「だってプールで会っちゃったんだもん。それに遊びに来たんじゃないよ」
大寿は唇を尖らせて言う。彼が口答えせずに母親の言うことを素直に聞いてくれたことは、一度もない。
「お兄ちゃんたち宿題しにきたのよね」
成美はいつでもお兄ちゃんの味方だ。
「その前におばさん、腹減ったー」
THE・ガキ大将といった風情の、大柄で刈り上げ頭の少年・海舟が言った。
「お昼ね、…でも七人分…あるかなあ…」
寿美鈴はフライパンの中を覗き込む。ドライカレーは精々一家四人が食べるのにやっとくらいしか作っていない。
「あの、お昼他所で食べてきますから」
海舟の脇を肘で小突きながら、淡い色のショートヘアに大きな目をした少女、綾成が気を遣う。
「私あんまり食べないし」
黒い巻き毛と下まつ毛が印象的な細身の少女、瑞綺も重ねて言った。
「昨日の夕飯の残りが色々あったじゃねーか、それ出してやれよ」
既にテーブルについている大成が待ちかねてか口を挟んできた。子供たちを気遣ってと言うよりは「何でもいいから早くメシにしてくれ」というような意図を大成の口調から感じ取った寿美鈴は、ついに声を荒げて怒った。
「あなた、そう言うなら手伝って下さいな!!」

結局食卓には、ドライカレーの他にポテトサラダ、胡瓜の浅漬け、うぐいす豆、エビフライ、西瓜と豪華かつ雑多な食べ物たちが並んだ。ドライカレーの煮込み時間中にさっと作ったレモネードも忘れずに。
それでも子供たちも大成も、目を輝かせて手を合わせた。
「いっただっきまーす!!!!」

かちゃかちゃと皿とスプーンが触れ合う音。氷とグラスが触れ合う怜悧な音。誰も集中しては観ていないが、テレビからはBGMのようにニュースキャスターの声が流れてくる。
「そういえば大ちゃん、まだ宿題終わってなかったのね?」
寿美鈴が大寿に訊いた。お客さんがいるのであまりおおっぴらに叱ることは出来ないが、ちょっとトゲのある口調を隠さなかった。大寿は事もなげに答える。
「今日みんなときょーりょくしてやるから良いんだもん」
「算数と自由工作はあやちゃんに手伝って貰って~、国語はみーちゃんに手伝って貰って~」
成美が説明を買って出る。
「お前と海舟は何担当なんだよ」
大成が息子に訊く。大寿は海舟と顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「俺ら遊ぶの担当」
「なー」
だははははと笑うクソガキ共二人に、寿美鈴は額を押えてため息を吐く。大成もこれには「いつの時代も男って生き物はバカなんだな」と苦笑いした。

「大寿これあげる、最後のプロペラ部分だけ取り付ければ自由工作完成だから」
食事が大体終わり、男の子たちが半分席を立って遊び始めた頃、綾成がシンプルな顔のキャラクターがプリントされたトートバッグからラジコンのヘリコプターを取り出して言った。
「…」
「ありがとー!さっすが綾成」
「わーいいなあ、俺も欲しい」
「海舟はダメ、同じ学年で三人もラジコン作ってきたら怪しまれるでしょ!」
「ちぇ、ケチ」
あまりのことに言葉を失う寿美鈴を置いて、子供たちの間で会話は進む。おまけに大成まで参加して、「ちょっと貸してみ」とヘリコプターを手に取って、矯めつ眇めつあらゆる角度で眺めながら感嘆の声を上げた。
「いや凄い、ホントに良く出来てんな、おめー親父さんより器用なんじゃねーか?ウチの従業員に欲しいくらいだ」
「あなたっ!」
夫を一喝して一度黙らせ、寿美鈴は綾成と目線を合わせる。
「綾成ちゃん、大寿の宿題手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、代わりにやっちゃうのはどうかなと思うの」
「…友達には優しくしなさいって、お父さん言ってた」
綾成は寿美鈴から視線を床に逸らしながら呟いた。どうやら自分でもあまり良くないことだと解ってはいるらしい。
「綾成はねえ、こーゆーのは教えるより自分でとっととやっちゃいたいタイプなのよ。私付き合い長いからわかる」
瑞綺は若かりし頃の母親によく似た顔でクックックッと笑う。
専門的な知識の必要な電子工作を教えるのは難しいが、友達に何かはしてやりたい。綾成の気持ちがよく解り、寿美鈴は切なくも微笑ましいような気分になる。しかし、言うべきことはちゃんと教えなければならない。
「でもね、お父さんが言ってた『優しくしなさい』はそういうことじゃないと思うな。全部やってもらったら、本当の意味で大寿のためにはならないでしょ?」
「…うん」
綾成が頷いた。寿美鈴は綾成のサラサラの髪をちょっとだけ撫でて、アドバイスをした。
「もっと簡単な、大寿と一緒にやれる題材を選んでみたらどうかな?この前テレビでやってたんだけど、レモンと硬貨で電池が作れるんだって。レモンならいっぱいあるし、そんなのにしたら?」
「えーそんなダサイのやだー、綾成が作ってきてくれたんだからそれでいいじゃん、俺もラクしたいし」
海舟と『仮面なんちゃら』の技のかけあいっこをしていた大寿が言った。
「そーそー、自由工作なんてテキトーで良いんだよテキトーで」
大成まで口を挟む。
「…」
寿美鈴は夫と息子をすぅっと、冷えた視線で見据える。
「…お、俺午後の仕事行くわ」
妻を取り巻き出した不穏な空気を感じ取った大成は、そろーりとダイニングを後にした。

大成が出かけた後、子供たちも宿題(本当のところはゲームかもしれないが)をするために大寿の部屋に引っ込んだ。きゃいきゃいと甲高い騒ぎ声が微かに二階から響いてくる(勉強しているはずなのに何故?!)のを聞きながら、寿美鈴はテーブルの上のお皿や残り物を片付ける。

全く、大寿には困ったものだわ。素直に言うこと訊いてくれた試しがないし。一体誰に似たんだろう?…私たちだ。

寿美鈴は大量に残された食器やフライパンたちをがしゃがしゃと洗いながらため息を吐く。

子供を産んでから何度となく思ったことだけど、子育てってこんなにも思い通りにならず、大変なモノなんだ。野菜や果物なら、そりゃあ天候や病気に左右されることも多くあるけれど、正しい方法で大切に世話してやればその分だけ沢山実ってくれる。でも人間の子供は違う。
きっと私の両親もそう思いながら私を育ててくれたんだわ。自分が出来なかったこと、親から言われていたのにしなくて後から後悔したこと、今度はさせてやりたくて、人生失敗したなんて、ちっとも思ったりしないようにって。

でも悲しいかな、やっぱり時代は繰り返す。

夏の午後の温い風は、眠気を誘う。洗い物を終えた寿美鈴は、なんだかどっと疲れてしまい、濡れた手をタオルで拭くと中庭の見える縁側に座り込んだ。

草の蒸れる青い香りが漂ってくる。夏の中庭は、とても彩り豊かだ。寿美鈴が大切に作り上げてきた、小さくも多種多様な作物を実らせる菜園。これも彼女の宝物である。
濃い緑の中で目立つ、ルビーみたいに煌めく赤いトマト、黒々と輝くナス、艶やかに膨らんだ黄金色のパプリカ。その根元には、赤シソ、チャイブ、バジルといったハーブ類が所狭しと茂っていた。
きゅうりは…そろそろ終わりっぽいな。あの最後の二本を収穫したら、可哀想だけど抜いてしまおう。
そんなことを考えているあいだにも、容赦なく瞼は落ちてくる。洗濯物取り込まなきゃとか、ジュースやお菓子を子供たちに持っていかなきゃとか、まだまだ仕事は一杯あるのに、身体がどうしても動かなかった。意識が時々、途切れる。
年かなあ、と寿美鈴はぼんやり思った。
子供たちが居るけど、大きな悪戯や危ないことはもう長いことされてないし、多分大丈夫だろう。
二時まで、と寿美鈴は決めて、木の匂いのする硬い廊下に横たわった。
庭の隅に生えている、栽培十年目の檸檬と七年目の桃が、温い微風にさわさわと葉をなびかせた。

「母ちゃん」
暫くして、頭の上から息子の声がした。
「大寿?…もう二時?」
目を開けることも出来ないまま、寿美鈴は訊いた。大寿は答える。
「まだ一時四十五分だよ」
それだけ言って、大寿の軽い足音がパタパタとどこかに遠ざかって行った。
「…?」
どうしたんだろう?早くもお腹が空いたかな?
夢心地の意識の片隅で、寿美鈴が考えていると、またパタパタと足音が近づいてきた。
「おやつは、三時まで待っててよ。クッキーでも焼いて持ってってあげるから」
横になったまま、すぐ近くに立っているであろう大寿に言う。大寿は言った、
「いいよ、自分でテキトーにあるもの持ってくし」
それから、何かが寿美鈴の身体に掛けられた。薄目を開けてみると、それは大きなバスタオルだった。驚いて身体を起こし、振り向くと、そこにはもう大寿の姿は見えなかった。とんとんとん、と階段を駆け上がっていく音がする。
「…」
洗剤由来のレモン香料の香りがする、バスタオルを抱きしめ、それから寿美鈴は苦笑した。

もう、何でもいいや。健やかで、いつも笑顔で幸せであればそれで。
でも贅沢言うならクッションとかも持ってきて欲しかったな。



子供たちは勉強はそこそこにおやつを食べ、ゲームをして、菜園の摘んでもいいと寿美鈴に言われた草花で遊んだりして、あっという間に時間が過ぎた。五時になって、瑞綺の携帯に父親からメールが来たのをきっかけに、子供たちをそれぞれの家に送り届けることにした。仕事が終わった大成、寿美鈴、大寿に成美、全員揃って、ワゴン車に乗って家を出る。

「なー、今度の日曜日、みんなでバーベキューしに行こーぜー、おじさんおばさんたちも誘ってさあ」
大寿が言った。大成がハンドルを握りながら答えた。
「おー、良いなあ。おじさんおばさんは、…みんな忙しいから無理かもしれねえけど」
「じゃあ俺肉なー」
「鶏肉ー」
「私果物ー」
「あたし甘いのー」
他の子供たちからポイポイポーイと希望が上がる。
「で、結局準備するのは私なのよね」
寿美鈴が苦笑いする。

一人、また一人と家に帰し、車内は次第に静かになる。一番遠い寺坂家からもそんなに距離がある訳ではないが、全員送り返して帰り道に差し掛かる頃には大寿、成美の二人とも、疲れて眠ってしまった。
「眠ってりゃ可愛いのにな」
信号待ちで停まっている時、大成が後部座席を見ながら笑って言った。
「もー、ホントに」
寿美鈴もくすくす笑う。
「夏休みでこいつら居ると、大変でしょうがねーだろ」
「大きい子供で慣れてますから、大丈夫よ」
澄ました顔で返され、大成は言葉に詰まってしまう。
「…今度のバーベキュー、ホントにやるなら俺が準備するから寿美鈴は休んでろよ」
随分久し振りに気を遣ってくれる大成に寿美鈴はちょっと皮肉気味に答える。
「あら、珍しい」
それから続けて言った、
「それじゃあ、炭とか、コンロの準備をお願いしようかしら。料理は私やるわよ」
「それじゃお前休めねえじゃねーか…」
信号が青に変わる。大成はアクセルを踏み、車を発進させた。

寿美鈴の日常は、今や家族を中心に回っている。時にワガママだったり、時に無神経だったりする彼らに悩まされることも多いが、彼らの笑顔が同時に薬箱(レメディ)でもある。

鶏肉はジャークチキンの下味をつけて持っていこう。果物は…最近高いからウチで採れるもの中心に。甘いのって…マシュマロとかそんなののことかしら?後で成美に訊いてみよう。大人組が来られるなら、お酒も用意しなきゃね。サングリアとかどうだろう?

疲れることもあるけれど、それが彼女の、素晴らしくトラブルな毎日である。

暗殺教室(イト村):キスを

戸川純の楽曲より。ホモォ。イト村練習。ラブラブは苦手だけど頑張ってドス甘?な話描いてみたよ。でもいちゃついてるだけの話です。ABCならギリギリAまでですが、結構克明なので苦手な方は注意。まあ、ブログに載せても特に問題ないでしょう。


 爪先立ちして、村松の首に腕を回す。力を込めると、村松は俺の意を汲んでかその場に立て膝をついて座った。俺は村松の肩に手を置いて少しだけ身を屈め、目線が同じ高さになった村松の目をじぃっと覗き込む。日が沈みきって薄暗い部屋の中、村松の顔がぼんやり白く浮かび上がって見える。
「…何だよ」
 村松がはにかむように気まずそうに笑う。
 解っている、くせに。
 俺は村松の頬に手を添えて、ゆっくりと目を閉じる。村松も嫌がったりはしなかった、そのまま距離がゼロになって、唇が重なる。一回、二回、三回、兎に角何回でも、軽い口付けを重ねてみる。
 やがてそれでは物足りなくなって、少し舌を出して村松の唇を舐めてみた。
 村松の唇はややカサついていた。秋も遅いし空気も乾燥しているので仕方がないとは思うが、それではいけない。
 治すつもり…でも無いけれど、ぺろぺろと少しだけ乾いた箇所を重点的に舐めてやると、
「っ、犬じゃねえんだから」
 村松が少しだけ鬱陶しそうに俺の額に手をやって押しやろうとした。気に入らなかったので、拒絶を表すその手首を掴んで持ち上げて、もう一度口付ける。ぴったり合わせた頑なな唇に、舌先を触れさせてやれば、村松は仕方無さそうに唇を開いた。そうなれば、俺はもう遠慮無く入れさせてもらう。村松から求めるのではないのが甚だ不満だが。僅かな隙間に舌先を滑り込ませる。歯列を軽くなぞり、もっと深く舌を入れてやると、村松の舌に触れた。
「ふ…っ…」
息苦しいのか気持ち良いのか、村松は時折声を漏らす。視界が悪い分感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
そういう声は、中々色気があると思う。小悪党面のくせに。じわりじわりと、体温が上がる気がする、特に頭とか腰の奥とか。
好きな相手だし、そーゆーことに興味しかない思春期真っ最中なので、まあ、もっと深いところで触れ合いたい気持ちはとてもある。しかし少し調べてみたところ、男同士でそういうことをするのは結構大変なことらしくて。慣れない行為で痛めつけるのもあまり気が進まなくて、今の所は精々、今みたいにキスしたり、身体に触れ合う程度に留めている。
唇を合わせながら、村松の頭に手を回して、髪に触れたり、肩を撫でたり、胸元に手を押しつけたりしてみる。とくんとくん、鼓動がなるのを手のひらに感じる。厚い冬服の生地が邪魔だけど。村松がちゃんと生きて、ここにいる証。俺の傍らにいる証。
予期せず失ってきたもの、これから失うかもしれないもの、それに村松が含まれているかもしれないとか思うと、堪らなくなって、もっともっとこいつの存在を直に感じたくなる。

部屋に入るなり、電気も付けずにイトナは俺に抱きついてきた。首に回してきた腕に込めた力の向きで座れと言ってきたので、しゃがんでやったらしつこいキス攻撃が始まった。
いつものことだが藪から棒に発情するのは止めてくれ。
その願いは届かず、俺は結局イトナのなすがままになる。唇、乾き気味なのは気づいていたがついぞほっといていた。ていうか、男があんまりそーゆー部分手入れするのもなんだかと。それをイトナがやたら気にして犬みたいに舐めてくる。
いや、それ却って荒れるから。
やめろと押しやってやれば、怒らせちまったのか乱暴に腕を掴んで頭の上に持ち上げようとしてきた。今更抵抗する訳じゃ、ねえっての。肉体改造の名残か、コイツは俺よりかなりチビで細っこい割に力が強い。
そしてまたしてもキス、今度は舌を入れさせろと催促してくる。渋々、唇を開けてやり、イトナを受け入れてやる。
ディープキスのやり方というのは中々難しいモノがある、ホントは中学生は読んじゃいけない書物や漫画を観てみても、そんなシーンはよく目にする割に実践するとなると中々ピンと来ない。ビッチ先生のヒワイな授業のお陰でどういう風にやるのかくらいは解るけれど、口内で食玩を組み立てるほどお口が器用なあの人がやるみたいに再現できるわけもなし。
イトナも例に違わず、そう巧くはいかなかった。イトナがテキトーに口の中引っ掻き回してくれた所で息苦しいだけだ。…身体の奥がぼうっとしてくるあたり、それだけでは、無いのかもしれないけど。
イトナはキスを繰り返しながら俺の身体にぺたぺたと触れてくる。髪とか肩とか、胸元とか。その手の動きが、次第に速く深いものになる。
イトナが唇を離す。唾液で糸が成されて、儚く俺と繋いでいる。まるですがりつくみたいに。
イトナが大きな目に熱を込めて、俺を見つめながら訊いてきた。
「脱がして、良いか」
「ダメ」
流石に、それは。まだ風呂入ってないし、一階じゃ親父が元気にへいらっしゃい連発してるし。
それを説明したら、イトナは不満そうな顔をしたが、俺の背中に腕を回して胸に顔を押しつける格好で大人しくなった。
「…何だって、いきなり」
俺が今までの行為の理由を訊くと。
「…風が冷たくて、月が欠けてたから」
イトナはそんなことを呟いた。
「その時が、確実に近づいていると思うと。せっかくお前を知ることが出来たのに、また失うかもしれないと思うと」
胸元でぼそぼそ呟くイトナの表情は窺い知れなかった。もしかしたらいつもの無表情のままかもしれないし、涙の一つでも浮かべてるかもしれない。
コイツは。堀部糸成は。小学生と見紛うくらいガキっぽい容姿の割りに普段頭も良いし思慮深くもある、でも。やっぱりコイツは俺と同じ、ただの中学三年生、なんだろう。
ただの中学三年生に世界の命運を託すことがどんなに残酷か、偉そーにふんぞり返る政治家たちは、大人たちは、多分知らない。
「大丈夫、俺はどこにもいかねえよ」
確約なんかされていない。でも、俺はなんだかんだで好きなコイツを安心させるために言ってやる。
「嘘吐きだな、お前」
イトナは悲しそうに笑う。
…まあ、バレてるわな。詫びと言っちゃあなんだが、俺はイトナの背中に腕を回してやる。
イトナはこてんと、俺の胸に頭を預けて、目を閉じていた。
「…次の暗殺、上手く行けばいいな」
俺はイトナの髪に指を通しながら言った。イトナは何も言わなかった。

窓から見える三日月は、虚ろな真珠色に光りながら空高く浮かんでいた。



over

暗殺教室(村狭←イト):赤い花の満開の下

戸川純の楽曲(一部変更)に乗せて。村狭の結婚式場から去るイトナ君の心情(『花の名を知らない』で似たようなもの描いていたけど、恋敵が親友ってだけでまたちょいと変わると思うですよ)


久しぶりに、真っ白い雲を見た。空を見ること自体、久しぶりだった。

ごーん、ごーん。二人の門出を祝福する、重厚な鐘の音が響き渡る。
堀部イトナは、遠くその音を背にしながら、昔のことを思い出していた。



親にも捨てられ、仮初の保護者にも裏切られ、世界でたった一人ぼっちだった俺を、あいつらは『友達』だと言ってくれた。一緒に遊んで、一緒に悪いことして、一緒に戦って、まあ少しくらいは勉強もして。目まぐるしくも色鮮やかな、楽しい日々。
結局、殺せんせー暗殺は成功し、地球は滅びなかった。俺たち全員が高校に進学し、俺の元にも両親が戻ってきた。俺たちを取り巻く環境は、少しずつ変わっていったけれど、それでもあいつらとは変わらず友達のままだった。
…その内の一人だけ、いつしか友達とは見れなくなってしまった人がいた。狭間綺羅々。俺たちグループの紅一点。見てくれだけで言えば、俺の好みではなかったかもしれない。でも、あの人は、とても大人で、とても度胸が据わっていて、それでいて少し不安定で、内面からの魅力のある人だった。気が付いたら目で追うようになっていて、…その人のことばかり考えるようにもなっていた。

かつて独りだったように 別れてまた独りになった
日差しが眩しいほど午後の空 独りになったと実感が湧く

「綺羅々…狭間と、結婚することになった」
ある時、村松がそう告げた。目の前が、一瞬真っ暗になった。鈍器のようなもので頭を殴られて、奈落の底に突き落とされた、そんな気分になった。でも、いつかそんな時が来るような気がしていた。俺は色んな感情を隠して、いつもの通りの無表情(に見えたかどうかは定かではないが)を取り繕って祝福する。
「良かったじゃないか。おめでとう」
「…」
村松は元々小物悪役みたいな面をさらに情けなく歪め、今にも泣きそうな顔で俯いていた。
「…どうした?」
訊いてやると、村松は土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。
「すまねえ!すまねえイトナ、俺は、お前の気持ちに気づいてた!!気づいた上で、俺は、俺は…」
「やめてくれ」
俺は言う。
「狭間が選んだのは紛れもなく、村松、お前だろう?お前がそんな迷っている様子でどうする。」
 静かに諌めてやると、村松は顔を上げた。俺は、大して背伸びしなくても同じ目線で物を見られるようになった村松と、視線を合わせる。
「俺は、お前らみんなとずっと友達で居ることを望んだ。お前は、狭間と恋仲になる道を選んだ。…それだけのことだ。」
そう言うと、やっぱり申し訳なさそうだったが、村松は笑った。友人の笑顔に安堵して、笑い返してやりながら、俺は自分をバカだと思った。

本当にやさしい人たちだ 離れても大切なままだろう
青い空雨上がりの空 俺はそれでも 生きていく

白いドレス、白いタキシード、二人の前に伸びるは白い道。穢れ一つない、二人の幸せな未来を表していた。
…あの二人を見ていれば見ているほど、俺がどれほどあの人のことを愛していたか、まざまざと知らしめられて、辛くなるのだ。
親友たちの幸せを本心から喜べない、そんな酷い人間が、そのままあいつらの傍にいられる訳もないのに。
だから、今しばらくは、独りに戻る。大丈夫、無力な中坊のままの俺じゃない。

幸せになれ、村松拓哉。
幸せになれ、村松綺羅々。

イトナがふわふわと落ちてくる細かい花びらに気づいて、見上げると、薄赤い花が木の上に咲き誇っていた。これは、合歓の木。花言葉は、確か『歓喜』。

ここ最近で初めて、彼の口元に微笑みが浮かんだ。

そうか、喜んでいるのか。色んな門出を。祝福して、くれるのか。

イトナは、硬い砂利の道を踏みしめて、また新たな一歩を歩き出す。

またいい日が来ると 樹々の花が
あれは赤い花 赤い花 孤独じゃない
親もいるし 仕事もあるし 全て失ったとしても きっと何かは残るだろう



over

暗殺教室(狭間):椅子取りゲーム

イトナに居場所を取られて疎外感を感じる狭間さんのお話。狭間さんは、寺坂グループを陰から支配するお姐さんキャラだと私は思っているので、何があっても割とドーンと構えていそうですが、たまにはこんな狭間さんも良いかなと。
途中、シモ注意。


最近、ウチの班の男共は、とても楽しそうだ。
狭間綺羅々は思う。
それというのも…
「おーいイトナ、頼まれてた部品もってきたぞ!」
吉田が、ネジと思しき金属の部品が入ったビニール袋を、綺羅々に当たりそうなくらい大きく振りながら走ってきた。
「イトナ、昨日の数学の宿題ちっと見せてくれや」
寺坂が、綺羅々にぶつかりそうだったことにも気付かずにスクールバッグを乱暴に机に置いた。
「何ィ、断る?!おめー誰が命救ってやったと思ってんだ」
「イトナ、親父がメンマ大量に余ったって!食うだろ?」
村松が、狭い机の間をすり抜ける時に綺羅々の机の上、しかも開いて読んでいたノートのど真ん中に手を着いた。
「…贅沢言うなよ、大体お前、ちゃんと野菜食えっての」

暫く横目で見ていたら、何時しか話題の中心は、イトナが殺せんせーから借りたというエロ写真集に移っていた。
「うっひょー、すんげぇ巨乳」
イトナの机の周りに集まって、揃いも揃ってデカい図体の背中を丸め、男共は食い入るように雑誌を覗き込んでいる。
「やっぱDカップは欲しいよな最低」
吉田がでれでれと言った。
「このビキニの食い込み具合がなかなか」
村松もキシシとニヤつきながら言う。
「君たちお子様だね、乳というものは美しくもなければ。ふくよかな白い膨らみの頂点に控えめに君臨する珊瑚色の乳首。…この娘はダメだね」
なんか増えてるし。
竹林が、眼鏡をくいっと指で押し上げながら会話に割り込んできた。
「全く、朝っぱらからビキニだ乳首だって…」
男共の会話を聞き咎めた片岡が心底から嫌そうに呟いた。
「狭間さん、こんな近くでよく耐えられるわね」
別に私は気にならない。男ってのはそういうものだ。でも。
綺羅々は思う。
私が一緒にいる時は、ここまで過激な猥談に花を咲かせたりはしなかった。こいつらなりに私に遠慮でもしていたのだろうか。

一日の授業が全部終わって、帰る時間。
「おうおめーら、村松んちでラーメン食ってくぞ」
寺坂が言った。
「まーたタダ飯食ってくのかよっ!!」
村松が目をひん剥いて怒鳴る。
これはいつも繰り返されるお約束の会話だ。それに伴い吉田とイトナもカバンを肩に掛けて立ち上がった。
「たまには博多ラーメンとか食いてーよ」
「バカ野郎、材料ねーのに作れるかよ」
村松が吉田のリクエストを素気なく突っぱねる。そして四人は、談笑しながら教室の出口近くまで歩いていった。
「あ。」
途中で寺坂が何かに気づいたように立ち止まった。それから振り返る、
「狭間、おめーも来るだろ?」

…忘れてたな?

そう思うとムショーに腹が立って、綺羅々はわざとらしいくらいにそっぽを向いた。
「私食欲無いから。そんなどっかの超能力ギャグ漫画みたいに毎日ラーメン食べてたらブタになるっての」
それから、綺羅々は再び椅子に腰を下ろして机の中から取りだした文庫本を開いた。教科書ノート全部カバンに詰めて帰り支度をしていたのは、誰の目にも明らかだったのに。

「…どうしたんだよ狭間の奴」
寺坂が怪訝そうに首をひねる。
「そりゃ毎日不味いラーメン食わされたら胃もたれもすんだろ?女の子だしな」
吉田が訳知り顔に頷いた。
「不味い不味い言いながら何で毎日来るんだよっ」
村松が額に青筋を浮かべて中指を立てながら怒る。
「…」
一連のやり取りを見ていたイトナは、何も言わなかった。寺坂たちが教室から出ていってもその場に留まって、子猫みたいに透明で大きな目を綺羅々に向け、暫く彼女をじぃっと見つめていた。
何かを言おうと逡巡しているようだったが、綺羅々はそれを無視した。やがて、
「イトナ何してんだよ、置いてっちまうぞ!」
寺坂に呼ばれて、彼もまた綺羅々に背を向けて、教室を後にした。

綺羅々は、教室から誰も居なくなっても文庫本と睨めっこを続けていた。しかし、全然内容は頭に入ってこない。

あー、もう!

綺羅々は文庫本を乱暴に閉じて、机の上に突っ伏した。
冷たく堅い木の表面に額をくっつけて、思い出すのは少し昔のこと。

綺羅々は一年生の時も、今とおんなじ、カワイクない女生徒だった。

「狭間さんて、ちょっと怖い…」
クラスメートたちはそう言って、綺羅々を遠巻きにした。まずは綺羅々の、魔女然とした容姿にビビり、何とか勇気を出して声を掛けた者は綺羅々のキッツイ物言いにたじろいで、二度と再び声を掛けてくることは無かった。この年頃の子たちは特に、自分と違う雰囲気を纏った存在に厳しいものである。綺羅々はいつも独りきりだった。別にそれでも構わなかった。一人でいるのには慣れていたし、それが心地よかったから。
しかし、ある時。席替えで、同じくクラスの嫌われ者、寺坂竜馬と隣になった。ヤツは行儀の悪いことに、机の上に汚れきった上履きの足をでんと乗せて、濁った目でぼーっと宙を見ていた。寺坂が綺羅々に初めて放った第一声は、コレだ。

「数学。めんど臭えから、宿題見せてくれや」

自分にそんな無遠慮な態度でモノを言ってくる奴は初めてだった。
「…はあ?あんたに見せてやる義理とか無いし」
内心びっくりしながら、いつものように毒を込めて言葉を吐く。寺坂は、恐れる様子もなく、ただふー、と息をついた。
「カタいこと言うなよ」
そうして勝手に、綺羅々の机の上に置いてあったノートを奪い取ってざかざかと自分のノートに書き写すと、それをポイと投げて返した。
何て野蛮で失礼で図々しい人間なんだろう。
綺羅々は思った。
でも同時に、興味深いとも思った。
暫く注意して見ていたら、こんなに無礼でみんなに嫌われている寺坂にも、二人の友人がいることが解った。それが村松拓哉と吉田大成だ。一見腰巾着のように見えるが、れっきとした対等な、仲の良い友達グループだった。揃いも揃って嫌われ者で、三人でつるんで教師に反抗したりささやかな悪いことをしたりしていた。綺羅々は何となく、彼らに付いて歩くようになった。寺坂たちの方も、そんな綺羅々を排除しようとしたり無碍に扱ったりはしなかった。それが独りでいるより居心地よくなって、気が付いたら四人でつるむのが通例になっていた。

…あの子(イトナ)は、良く知らないけど中々可哀想な来歴らしい。そんなあの子にやっと居場所が出来たんだ、それを疎むべきではない。

誰かに言い訳するみたいに、綺羅々は頭の中で自分に言い聞かせようとする。

それに…自分はもともと一人でいるのが好きだったし。あいつらだって、男同士で遠慮や気遣いなんてしないで、大好きなスケベ話なんか思う存分にしたいだろうし。それであいつらと関係が切れたって、ただ元通りになっただけだ。
あるべきものが、あるべき場所に。

…しかし、考えても考えても、心の奥底に隠れている本当の綺羅々は、どうしても納得してはくれなかった。彼女が首を横に振って訴え続けていることは、

私にとっても居場所なのに…

「あら、狭間さんまだ帰ってなかったんだ」
ガララ、と音がして、木製の引き戸が開かれた。顔を上げると深刻な女子不足に悩まされている三班の、もう一人の女子、原が教室に入ってくるところだった。
「…どうしたの?大丈夫?」
すぐに再び顔を伏せてしまった綺羅々を気遣って、原が訊いてくる。
「何でもない。ほっといて」
鼻と口を腕に押し付けた状態で、綺羅々はモゴモゴ喋る。
「そう…」
原は納得していない様子ではあったが、綺羅々の言うとおりにすることに決めたらしい。教室に戻ってきた目的の、英語の問題集を机から取り出して、カバンに入れる。それをこっそり眺めている内に、気が変わった。

「私さ」
綺羅々は誰も居ない前をぼうっと見つめながら、半ば独り言のように呟く。
「男に産まれりゃよかったよ」
「…」
原は手を止めて、わかってる、といった表情で綺羅々を見下ろした。

重ったるい、赤い夕陽が教室を染めている。遠く幽かに、電車の音が響いてきた。


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