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マジラバ番外編 下手くそな魔導士の、大体全部が好き(右京呉葉の場合)

竜星「やられたら、やり返す。倍返しだっ!」
鈴音「いろんな意味で敵を量産するの、やめてぇぇっ」

シリアスな過去の右京と呉葉に耐えかねて、現実逃避。のろけまくりの番外編、始まるよー。


呉葉が鏡の前で髪の毛を弄って、しかめ面をしていた。
「どうした呉葉?」
右京がバンダナを巻きながら聞く。
「いえ…ボサボサしてきたと思って…」
呉葉は何とか真っ直ぐにしようと髪を水で濡らしながら答えた。
「一時期伸び放題でも構わなかったくせに。」
汚れ放題、までは勿論言及しなかった。しかし呉葉は鋭く昔のことを思い出したらしく、右京をちょっと睨みながら言った。
「良いですか、吸血鬼は女です。メスではない。」
「わかってるよ。」
右京は慌てて言った。それから、『とても可愛い部類の』と付け加えられなかったことを後悔した。なかなか、想うことを素直には言えない。右京はその代わり、とばかりに切り出した。
「よっしゃ、久し振りに切ってやるよ。美容院なんかもあまり行けないし。」
「要りません」
呉葉は即答する。
「そう言うなって、俺の腕前知ってるだろー?」
「知っているから要らないのです。」
張り切ってハサミなど取り出した右京に呉葉は素気なく言う。
「ひでえ」
右京はかなり傷ついたようだった。
「泥棒のアシスタントさせてるの申し訳ないからせめておしゃれくらいさせてやりたいと思ってるのにさ。」
右京は拗ねたようにぶつぶつ言っていた。

め、面倒くさい。

呉葉は思う。

でも、そんなところがどうにも嫌いになれそうにない。

呉葉は観念したようにため息をつく。そして、バスタオルと椅子を持ち出してきた。
「前より腕は上げてるのでしょうね。」

「女と言えばさ。」
右京は呉葉の髪に割と容赦なくハサミを入れながら思いついたように言う。
「長いままだと動きにくいから切ったんだけど、何でずっとその髪型なの?」
呉葉はなぜかショックを受けたような顔をした。ちょうどそのとき、希望していたより大分カサの多い房が床にばさりと落ちたせいかもしれない。
「ちょっとそんなに切っちゃ…覚えてないんですか?」
「え?何かあったっけ?」
右京は細心の注意を払っているような顔で、どうみても適当にハサミを動かす。しかし本人は一生懸命、なのである。女性の髪の『重み』は理解していて、普通は切らせてはもらえないものを切っていることもわかっていて、精一杯丁寧にやっている、つもりなのである。

…怒るに怒れない。

呉葉はまたしても諦めのため息をついた。
「…良いです。それより手元をよく見て下さい。耳なんか切ったら出て行きますよ。」
「?はいはい」
右京は疑問が解決しないながらも、最後の微調整に取りかかる。

「はいっ、呉葉さんどうでしょう!」
程なくして、右京がハサミを置いた。
「…左が三ミリ長い。」
呉葉はとても不満そうに呟いた。
「えーっ、不自然なくらいぴっしり揃ってるのに?」
「どこがですか、不自然なくらい斜めですよ!右京に頼んだ私がバカでした、切る前でいいので戻して下さい」
「無茶言うなって、人体を操るのはすっげー難しいんだぞ!?」
「それじゃもう、夜中でもやってて妖魔でも守ってくれる良い美容院探してきます!全く二度手間じゃないですか…」
呉葉は髪の先端を労るように触りながらぼやいた。右京はしばらく気まずそうに呉葉の後ろ姿を見ていたが、突然先ほどの問いの答えを思い出した。
「そうだ、俺がこの髪型が良いって言ったんだ!」
呉葉は驚いたように右京を振り返る。まさか思い出してもらえるとは思わなかったのだ。しかし、次の右京の言葉で、呉葉は再びがっかりさせられた。
「で、ずっとそれだったのかー。お前変なとこで律儀な。」
「…」
呆れたように言う右京に、呉葉はなにも言えなくなってしまった。

どうせ自分は頭が固い。

右京に言われるくらいなら先に自分から言ってしまおうと、口を開いた瞬間、右京がまた言った。
「俺の言ったことなんか気にしないで、呉葉の好きな髪型にすればいいのに。どんな髪型したって逃亡生活に支障はねえよ。あんまり極端な髪型じゃなきゃだけど。」

だってよく着てるゴスロリだって結構目立つものだけど捕まらないで居られてるし。それに、

右京は呉葉に聞こえるか聞こえないかの声でこっそり呟いた。

「   」

呉葉は気づいたようだった。珍しいことに、赤くなって俯いた。
「…お世辞言っても無駄です。闇美容院は高いですよ、ご自分を質に入れてでも払ってもらいますからっ。」
呉葉は照れ隠しに急いで席を立ってしまった。

「おい、まだ流してないぜ」
「自分でやります」
「三つ編みとかしてみないか」
「まだ懲りないですか!」
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マジラバ番外編 焔の誓い 八話

仕事中に『右京と呉葉、略して京葉線』ってギャグを思いついて、「超イカしてる、やっべー今日のオレキてる」とか思ったのに、仕事が終わって思い返してみれば何の感慨も湧かなくなった、不思議。

お久しぶりのホノチカです。タイトルの由来はチャングムではありませぬ。真っ赤な誓いです。

焦げ付くような夏の暑さがなりを潜め、秋がやってきた。常時色々な花が咲き乱れて季節感のない天魔連だが、肌に感じる風の冷たさや、明らかに早くなった日没時間などでもそれは感じ取れる。
「ふー…朝早くはちょっと寒いな」
橘右京は授業が終わるなり急いで校舎を出た。今日は月曜日でアルバイトはなしだが、日和には「店長が掃除するのに人手が足りないと言っていた」と伝えてある。先を急ぐからと言って、日和を撒いてきた。
右京はだだっ広い校庭を歩いていく。夏休みを挟んだこと、中間テストが近いことから、この頃には女子も男子も殆どは右京の動向をあまり気にしないようになっていた。
しかし、油断は禁物である。自分のことを見ている奴がいやしないか、特に親しい者や自分のことを敵視している者の存在に注意しながらも、右京は何気ない様子を装いながら目的地へと歩を進めていった。目指しているのは、地下に迷宮が隠されている大講堂である。しかし大講堂は他ならぬ自分のせいで、生徒が好きな時に出入りすることが出来なくなってしまっていた。入り口の扉の両脇には教師が二人見張りとして、仁王立ちしていた。右京は自分から教師たちに元気よく挨拶をして、扉を通り過ぎた。講堂の壁に沿って角を曲がり…もう一回曲がり…ちょうど扉の反対側の辺りで右京はさり気なく壁にもたれかかった。周りと何も変わった所の見えない壁は、一部のみ右京の体重によりゆっくりと傾き…右京ごとひっくり返った。右京を壁の後ろの穴に放り込み、壁は何事もなかったかのように元に戻った。
「ふう、何とか上手くいったようだな」
右京は果てしなく深い穴を頭から下へ下へと落ちながら、安堵の息を吐く。右京は右手に杖を召還すると、軽く一回振った。右京の体はゆっくり180度回転し、地上で立って歩く時の体制に戻した。ついでに落下がピタリと止まる。それから右京はただ落ちていた時など比較にならない、矢のように速い速度で下に向かって飛んでいく。十秒も掛からずに石の地面が近づいてきた。右京はさっと速度を緩めた。右京の足の裏がふんわりと石畳に着地する。
「飛翔魔法もマスター完了だぜ。」
誰にともなく、右京は得意げに呟いた。

トウガラシの泉への道順は、どこからこの迷宮に入ろうとも自分の炎属性の魔力により導かれるのでわかる。だから、こうすれば…右京はポケットから赤く輝く泉の水が入った小瓶を取り出し、蓋についた小さなハケでその場の壁に水を塗りつけた…これからどこに行こうとも帰り道に迷うことはない。
「全部日和たちに渡さなくて良かったぜ。」
右京は自分自身の機転に感謝した。
さて問題は、彼女がまだこの迷宮内にいるのか、そもそも生きているか、だ。この迷宮に新しく入り口を作るのに、1ヶ月以上もかかってしまった。そもそもボロボロだったあの状態から、全く食事をとらなかったとして、あの娘がどれくらい持つだろう?
懸念しながらも、右京はとりあえず泉を目指した。以前彼女はそこにいた。恐らくはろくには動けない状態だ。なら、そこにいる可能性が高い。彼女のミイラを見つけてしまう可能性だってあるのだが…そんな嫌な考えを振り払って、右京は進んだ。

それから二時間以上も歩いたり飛んだりして、やっと赤い泉の光が見えてきた。泉のほとりには、果たして汚れた布を身体に巻きつけた、髪の毛の長すぎる少女が座っていた。さらに汚れがひどく、相変わらず骨と皮ばかりだが確かに生きて動いている。右京は心から安堵した。
「…何をしにきた」
少女は右京の姿をみるなり、泉より輝く大きな赤い瞳で睨みつけた。
「えーと、一風変わった出前?かな。」
右京は少女の横に座り、左腕を捲りあげた。
「長く待たせて悪かったな。飲めよ。」
少女は右京を怒鳴りつけた。
「ふざけるな!何でお前なんかの施しを受けなければならないんだ!私の家を、家族を殺したお前なんかに!!」
「前は飲んだだろ?ああ、傷をつけないと飲めないのか」
怒りに震える少女に構わず、右京はナイフをポケットから取り出して、腕の皮膚を切り裂いた。じわりと血がにじみ、流れ出してくる。
しかし少女は、今度は吸血鬼の本能に飲まれはしなかった。
「他の妖魔の血を少しずつ取って飲んでいる!そんなものを飲まなくても生きてはいける、これ以上私を愚弄するなら今度こそ生かしてはおかない!!」
「殺して飲み干す訳じゃないのか」
「誰がそんな獣みたいな浅ましい真似をするか!由緒正しい吸血鬼の家系に生まれて誇り高くあれと育てられたこの私が!!」
右京は初めて、以前彼女が自分の血を飲み尽くさなかった理由を知った。

それなら、音無一家事件の真偽も怪しいもんだ。

「人間と…同じ…」
「人間以上だ。ましてやお前たち魔法使いなんかが出来ないくらい、私たちは誇りを持って生きている」
呉葉は冷たく言った。
右京は、今度こそ喰い殺されても仕方ないと思っていた自分を恥じた。少女を可哀想に思いながら、どこかで人間より下に見ていた自分を恥じた。そして…今までにないくらい、襲撃事件の後悔がひしひしと胸に押し寄せてきた。
「…すまなかった」
右京は冷たい石の地面に手をついて頭を下げた。
「気が済むまで好きにしてくれ。でも良ければ俺の血を飲んでくれ。やっぱり人間の血が旨いし滋養もあるんだろ?妖魔と戦って血を吸えるようになるくらい回復したんだから。」
「…」
少女は何も言わなかった。右京は続ける。杖を召還して、少女の前に投げ出した。
「その後はこの杖をもって俺が来た方向に歩いていくといい。俺の魔力がここの出口に導く筈だ。」
「…何のつもりだ」
「ここから脱出すればいい、って言っているのさ。出口のところにあの泉の水を塗ってあるんだ。」
少女は石畳に手を着いたままの右京をを見下ろし、鼻で笑った。
「私は迷宮から出られたら天魔連の魔導士たちを命の続く限り殺し尽くすつもりだが。」
右京は顔を上げて抗議する。
「それは困る!そんなことのために君を逃がすんじゃない、ご両親の葬式を挙げて友達や親戚とか、仲間のもとに返すためだ!それで許されるとか思わないけど、敵討ちは俺一人にしてくれ!」
「仲間などいない、音無家は天魔連に従うと宣言した時から吸血鬼の裏切り者扱いだ。私は生き残るつもりはない。大体敵の言うことを、音無家の吸血鬼が素直に守ると思うのか?」
冷ややかに切り捨てる少女に、右京は尚頭を下げ続ける。
「それでも頼む、この通りだ!君なら天魔連魔導士全員と渡り合うことは出来なくても、逃げて生き延びることは出来るはずだ!俺はこれ以上…誰かを見殺しにしたくない」
右京は、再び頭を垂れた。故郷の家族や友人たちには申し訳ないが、このまま何もせずにいることは出来なかった。

家族。父親。

右京は今よりもう少し子供だった頃の事を思い出した。

もしかして、親父もこんな思いをしたから、俺が天魔連に行くことを反対したのか。

長い沈黙が続いた。二人とも微動だにしなかった。どのくらいの時間が経ったのかすらわからないほど、長い時間が経ってから、少女の方から沈黙を破った。
「…知らないのか?恐らくもうお前が来た出口は封鎖されている。大講堂の周りを階級魔導士が取り囲んでいるだろう。どちらにしろ私はここから出られないと言うことだ。」
「な…なんで…」
右京はあまりの衝撃に言葉を失った。

ばれないように細心の注意を払ってきた。誰にもバレた様子はなかった。

戸惑いを隠せない右京を、呉葉はバカにしたように言う。
「お前より強い魔導士なんか、この天魔連には沢山いる。お前に気づかれないようにお前を見張ることだって簡単なんだ。思い上がるな」
「ってことは、俺が迷宮に入ったことやまた入るだろうことを予め知ってたってことか?でも、俺がこの前ここに入った後は何もお咎め無しだった!俺をここに入るように唆した日和たちも、何も罰を受けていない!」
「学生の悪戯程度に一々対応している時間などないだろう。興味も無いはずだ。だが行動が伴った天魔連への裏切りなら話が違う。学生だろうと何だろうと全力で阻止しなければならない。」
「裏切り…?俺が何をしに迷宮に入るかまでは、誰にも解る筈、ないだろ?」
「魔法使いは、一人一人異なる魔力を持つ。人の考えが解る魔力があれば、お前の企みを見抜くなど造作も無いことだ。」
右京は背筋がすぅっと凍りつくのを感じた。

と言うことは…俺の考えていることが筒抜け…

狩ってきた吸血鬼のこの少女、用済みだからこんなところに捨てられていたのだろうが、それでも彼女を助けたり逃がそうとすることは、天魔連にとってあまり快いものではないだろう。

「人の考えが解る魔導士、誰なんだ一体。俺がここ1ヶ月で話した魔導士の中に…」
比丘尼さんか?真守先生?日和?まさか。
必死に思い出そうとする右京に、呉葉はゆっくりと首を横に振る。
「直接会って話さなくても相手の心の中身が解るらしいな。玉蓮院には」
呉葉が口にした名前は、天魔連の女性総統の名だった。


中途半端だけど八話はここで終わり。ちょっと忙しくなりそう。ハローワークから帰って勉強のノルマ終わっ たら続き書きます。

マジフラグ小説版 ファイト!

人にあげるなら二割引のパンなんか買うのでないよ。袋を傷つけずに割引シールを外せなかったからってお客様に睨まれたでござる。

意外に早く復活した沌夕版マジフラグ。頑張ったよー。


幕ノ内ベントはうなだれて、居候先の煉瓦屋敷の扉を開けた。ぎいいい、と軋んで開いたと同時にベントの胸に飛びついてきたのは、この屋敷の持ち主である魔法使いの使い魔、猫又のホーリーナイトだった。
「お帰りベントー!!」
最初見た時はびっくりしたものだが、無邪気でふわふわしたこの生き物をどんな辛いときでも憎らしく思うことは出来なかった。ベントは猫又の小さな頭を撫でてやった。
「只今ホーリー。まだ起きてたの?」
ベントの問いにホーリーは呑気そうに答えた。
「今は眠くないから。オレは好きなときに寝るのさ。…ベントどうかしたの?」
途中でベントの様子に何か違和感を感じたらしいホーリーが訊いてきた。ベントは慌てて笑顔を取り繕う。
「な、なんでもないよ。大丈夫。でもホーリー、やっぱり夜更かしはあんまり良くないよ。おれが言うのも何だけど…じゃあ、おやすみ。」
ベントは自分にあてがわれた部屋の引き戸の前までたどり着いたことを理由にホーリーとの会話を打ち切った。
「おう、おやすみー。」
ホーリーは気にする風でもなく、磨かれてはいるが古い廊下を厨房に向かってとことこと歩いていった。

ベントは引き戸を閉めると、らしくもなくため息をついた。脳裏に浮かぶのは、どうしようもないことでヒステリックに怒るヤンキー店長や、今日出会った嫌みな客。気づけば、自然に本音が口をついて出た。
「山田さんに会いたい…」
山田さんだけじゃない、行きつけの喫茶店のウェイトレスの、可愛い松花さんや松花さんを見守る会のメンバーにも。みんなどうしているだろう。
ベントは二週間ほど前、ひょんなことからこの魔法や妖怪が一般的なこの世界に飛ばされてきた。この屋敷に世話になっている以上、余計な迷惑は掛けられないということで、ベントは元いた世界でしていたようにコンビニでアルバイトを始めていたが、魔法や妖怪に一々驚かされることばかりなのに加えて、自分のような普通の人間に対してはあからさまにギスギスした対応をされるのに慣れないでいた。
「…」
しばらくベントは、目を閉じて戸に背中を預けてもたれかかっていた。
それから目を開ける。

考えていても仕方がない。寝よう。

ベントは部屋の隅に畳んである布団を広げ、就寝の準備を始めた。

ガラガラ、と突如として部屋の窓が開いた。そして、傷だらけで血まみれの若い男が侵入してきた。あまりのことにベントは思わず飛び退いた。後から思えば、よく悲鳴を上げなかったものだと思う。

泥棒か。

しかし、若い男はベントを見るなり呟いた。
「…まちがえた。」
それでも彼は窓の桟に足をかけ、部屋に入ろうとする。
「でも、面倒くさいから、ここから入る。」
ベントに、と言うことでもなく、少年はひとりごちた。
ベントはそこでその少年の正体に気付いた。彼こそがこの屋敷の持ち主、神崎竜星であった。この世界では結構エラい魔法使いらしい。ホーリーが教えてくれた。
竜星はベントが何も言わないのを良いことに、畳のど真ん中に座り込み、破れた衣服を脱いでしまった。それからパチンと指を一回鳴らし、包帯と消毒液と着替えのジャージを手元に出現させた。ここで手当てをしていくつもりらしい。予想通りに竜星は、なかなかよい手際で身体についた無数の傷を手当てしていった。
そんな竜星をぼけっと見つめている、部屋を包みこむ気まずい沈黙の裏で、ベントの心の中を言えない言葉が駆け巡る。
早く出てってくれないかなとか、いきなり人の部屋に押しかけて謝罪もなしかい、とか。総括すれば、「この子やっぱり苦手だな」との結論に突き当たる。家賃も払わず世話になっていることには感謝しているが、初めて会った時に鎖で縛られたことやぶっきらぼうな態度に、ベントはどうしても神崎竜星を好きになれなかった。彼が天魔連の優秀な魔導士であることも一因だ、今日なんかは、特に。
「幕ノ内。」
ベントの思いを知ってか知らずか、竜星が突然ベントを呼んだ。
「ちょっと、湿布だけ貼るの手伝ってくれない?届かなくてさ。」
竜星は背中の打ち身と思しい傷を指差した。ベントは何も言わずに竜星に歩みよった。
貼り終わると、竜星は普通にお礼を言った。
「ありがとう。これで手当て完了。」
ベントはそれだけでも少しびっくりしてしまった。自分にも、もう一人いる屋敷の住人で弟子だという少女、鈴音にもぶっきらぼうの無愛想が竜星の常であったので、してもらったらしてもらっただけで何も言わずに出て行くのだと思っていた。そこでちょっと、ベントは竜星に余計な質問をする気になった。
「凄いケガだね。何かあったの?」
竜星は新しいTシャツを頭から被りながらモゴモゴ答えた。
「天魔連の任務、『悪い魔法使い』とのケンカだよ。たまにヘマすることだってある。勝ったけどな。」
「任務って…竜星くん階級が高い魔法使いって聞いてたけど、そんな危ないことやらされてるの?」
竜星はようやくTシャツから頭を出した。
「戦闘系の魔導士は寧ろ中途半端にエラくなるほど危ない任務が多くなるんだよ。ま、死んだことは今までないから大丈夫。」
竜星は事も無げに答える。この少しの会話の中でも想像を絶するハードさが垣間見える。ベントはしばらく言葉を失ってしまった。
「…大変なんだね。」
口にしてから我ながら深刻さの伝わらない感想だと思ったが、それ以外に言いようがなかった。
「まあ、でもそれが一級魔導士の仕事だから。目指してるものもあるし。」
さらりと打ち明けられた、竜星の志とやらの高さに、ベントは感心と少しのもや付きを感じてしまう。

ど、どーせおれそーゆーのないしぃ。

しかし、とりあえず口に出したのは前者のみ。
「偉いなあ、おれより若いのに。」
「幕ノ内は?バイト慣れた?」
今度は竜星が聞く番だった。ベントは少し俯いてしまった。しばらく無言の状態が続いた。やがて竜星が何か察したのか、沈黙を破って言った。
「色んな奴が来るからなあ、コンビニって」
竜星はそこで立ち上がった。
「邪魔して悪かったな。それじゃ」
「魔力も使えない人間がベタベタ品物に触って汚いって。そんなこと言われたって、って言い返そうとしたら俺は天魔連の階級魔導士だぞ、ってさ。」
何を思ったか、ベントは一気に今日あったことを打ち明けた。竜星の表情を見ると、竜星はちょっと驚いたように目を見開いていた。
「…って、竜星くんに言っても仕方ないよね…ごめんね、呼び止めちゃって。おやすみ」
「そいつ、どんな奴?」
竜星が再び畳に腰を下ろした。ベントは思いだすままに答えた。
「えー…確かバーコード状にハゲてて…ピンクのゾウ柄の悪趣味なネクタイしてたおっさんだったな」
「あー、そいつ知ってる」
竜星が言う。
「えっ」
「四級魔導士の鷹田って奴だよ。力の無い奴ほどそうやって魔力を鼻に掛けて威張りたがるのさ。だせぇ」
竜星は笑った。
ベントは思い掛けない反応にきょとんとしていたが、やがて釣られて笑った。そして、いつの間にか竜星と普通に話をしている自分に気がついた。竜星が過去を懐かしむように言った。
「俺も一級魔導士取るまで色々やられたよ。パワハラアカハラセクハラオールクリアで」
「セ、セクハラ…?」
「ガキの癖にってことさ。同情しなくて良いよ、そいつらの大体はアゴで使えるようになったから」
「…」
愉しそうに笑う竜星に、ベントは戦慄せざるを得なかった。
「あ、ところで」
「?」
ベントが唐突に聞いた。
「竜星くんなんで窓から入って来たの?玄関から入ってくればいいのに」
竜星はなぜかそこで、ちょっと赤くなってくちごもる。
「鈴音に知られたくないんだよな~。ケガとか良くない任務のこと」
ホーリーが頭にコーヒーやココア、お菓子を盛ったお盆を載せて歩いてきた。
「なっ…」
「え、なんで?心配させたくないから?」
ベントが聞いたが、竜星はそっぽを向いつてしまう。同時にお盆のコーヒーカップをひっつかんだ。
「…色々煩いからだよ。」
それだけ呟くと、コーヒーを口に含んだ。それから、とても怪訝そうな表情をした。
「…ホーリー、お前コーヒーどうやって淹れた?」
「知ってるだろ、おれ人間に変身できるんだよ、そうすりゃコーヒーだって淹れられる…」
「お前がインスタントじゃないコーヒー淹れて、ココアとか菓子とか一人一人が好きそうなもん完璧に揃えて持って来れる訳ねーだろ!気を利かせてそんなことするくらいならいっそここに押しかけて来てくれ!」
竜星は頭を抱えてしまった。

泣く子も黙る一級魔導士も、ホーリーや鈴音ちゃんの前だと形無しみたいだ。

ベントは一時間前に落ち込んでいたのが嘘のように、晴れ晴れと笑った。


次の日
鷹田:「キミまだそこにいるの?魔法も使えないで給料泥棒してんじゃないよ、ああほらまた商品を素手でベタベタ触る…って、ええ??!」
竜星:「お疲れー、買い物しに来てやったぞー。」
鷹田:「お、お、お知り合いで…」
竜星:「あんた今度、俺と任務するんだってさ。俺、危ない任務に回されることが多いし、部下の安全とか一々見てられないけど良いよね。態度だけ見てる限りあんた強そうだし(にっこり)」
鷹田:「こ、こ、光栄です、あはは…」
店長:「…おめー、一級魔導士と知り合いだったの?すげーな」
ベント:「別に、凄くなんかないですよ」

焔の誓い(京呉番外編)第七話

※血液・ズタボロセクシー注意報。

「な…」
右京は冷や汗を一筋垂らした。左手の炎を高く翳してその何かの正体を確かめる勇気もない。
何か、毛むくじゃらっぽい。何だっけ。授業で習った気が…
右京が考えている暇もなく、その化け物は爪を振るってきた。
「ぎょえーっ?!!」
右京は間一髪で避けて杖を横様に思いきり振る。ごぅっ、きな臭いにおいがして、紛れもなく生き物の肉を焦がす灼熱の炎が飛び出した。化け物は一瞬だけ怯んだ様子を見せたが、すぐに体勢を整え炎を突き破って拳を繰り出してきた。
「わーっ!」
慌てて避ける右京。
こんなデカイ妖魔一人で相手にするの、初めてなのに!!
右京はどうすれば良いのかわからず、とにかくハチャメチャに杖を振り回す。その度に威嚇的なまでに真っ赤に燃える、高温の炎が吹き出した。しかし毛むくじゃらの妖魔は筋骨隆々の腕を振り回して炎をあたかも靄か何かのように易々と払っていく。
赤い炎に反射して、奴の指先を飾る鋭い鉤爪と、裂けた口の中にずらりと並ぶ長い牙が一つ残らずぎらりと煌めいた。
お、思い出した!こいつ狼男だ!!
しかし、思い出したからと言ってどうにかなるものではない。狼男は炎を恐れもしないのだ。
なんか、銀製のものでもあれば良いんだけど!
勿論そんなものはどこにもない。右京の魔力属性は炎のため、金属性魔導士のように適当な物質から銀を造り出すことも出来はしない。
どうする?!
その時、右京は閃いた。狼男の攻撃を交わし、高く跳ぶ。
「?!」
突然見えなくなった右京の姿を探し、狼男はキョロキョロと辺りを見回した。
ゴーッ。
突如、狼男の足元からガスバーナーのように熱く細い炎が目玉を目掛けて飛び出してきた。
「ぐぉあああっ?!」
狼男は炎が直撃した左目を押さえながら、いつの間にか地面に伏せていた右京を踏みつけようと脚を上げる。右京は素早く転がって狼男の脚を避け、さっと立ち上がって右目に杖先を向ける。飛び切り熱い炎が、狼男の右目を焼いた。
「ぐぎゃああああ!!!」
両目を潰された狼男は、戦闘意欲を失って右京に背を向け、一心不乱に逃げ出した。

「はぁ、はぁ、はぁ…」
長い尻尾をくるりと巻いた狼男の後ろ姿が遠ざかっていくのを見送りながら、右京は激しく息を吐いた。
こ、怖かった。
右京は今度こそ小瓶を手に、なおも赤々と禍々しく輝く水を掬おうと泉に近づいた。
と、そこで右京はぼろぼろになった何かが横たわっているのに気が付いた。
さっきの狼男が置いていったのか。弱小妖魔か何かか、とにかく可哀想に。
右京はそれに近づいて、再び手のひらに灯した炎と泉の灯りで姿を良く見た。
その顔を見た瞬間、右京は思わず飛び退いた。彼女は紛れもなく、あの実戦の日に自分たちが酷く傷つけて捕らえた、吸血鬼の少女だったのだ。少女は枯れ枝のように細い身体にシーツのような汚れた布一枚だけを巻き付けて虫の息で横たわっていた。

何でこんなとこに?

右京は前回見た時と比べてげっそりやつれ、弱りきった少女の姿に驚愕と戸惑いを隠せない様子で暫く見つめていた。強くなると決めても、傷つけたものたちに対する後ろめたさが消えたわけではない。しかも、この様子では最後に彼女を見てから今日まで、残虐な扱いを受けてきたことは明らかだ。血や泥や皮脂で汚れきった長い髪に埋もれるようにして目を閉じる少女は、殆んど死にかけているように見えた。
自分の罪を改めて突き付けられたような気がして動けなくなってしまった右京の前で、不意に少女が目を覚ました。少女は目の前にあの夜、家族を惨殺した魔法使いの一人がいることに気が付くと、今までぐったりしていたのがまるで嘘のように敏捷な動きで起き上がり、掴みかかってきた。
「ひっ!」
右京は間一髪で少女の鋭い爪がダイレクトに自分の顔面を引き裂くのを免れた。右京は腰を落とした姿勢で、目を固く閉じたまま、何歩か後退りしたが、次の攻撃が飛んでくる気配がないのを不審に思って恐る恐る目を開けた。すると少女は地面に手をつき、荒い息を吐いていた。そのまま数回激しい咳をして、赤黒い血がばっと地面に飛び散った。
「おいっ、大丈夫か?!」
咳とともに血を吐き続ける少女に、右京は今しがた殺されかけていたことも忘れて駆け寄った。右京の手が肩に触れるか触れないかのうちに少女はその手を払う。
「触るな!」
少女は紙のように白い顔をしているのに、驚くほど赤く爛々と炯る大きな瞳を右京に向けて、がさがさに嗄れた声で言った。その目には、右京に対する憎しみと蔑みだけが宿っていた。許されるなら、右京の四肢をすぐにでもその爪で引き裂いてバラバラにしてやりたいと思うのに、もう引っ掻き傷一つつけてやる力も残っていないのだ。
右京はまた暫く、身体の痛みと悔しさで項垂れる少女を見ていたが、何を思ったか突然制服の左腕の袖を肘まで捲った。そして、ズボンのポケットからナイフを取り出し、刃で腕の内側を切り裂いた。五センチほど切られた深い傷から、瞬く間に真紅の血が溢れだした。
それを見ていた少女は、顔をあげて低い声で呟いた。
「何のつもりだ。」
右京は構わず、少女の鼻先に血の滴り落ちる腕を差し出した。
「飲めよ。好きなだけ。」
右京は少女を真っ直ぐ見据えていた。少女は怒りに顔を歪め、叫ぶ。
「私に命令するな、私は魔法使いの施しなんか受けない!」
「飲まなきゃ死ぬぞ。」
右京は自分の人生史上かつてないほど冷静に言う。
「やっぱり俺は、目の前で誰か死ぬのは嫌だ。だから、飲んでくれ。」
「…」
右京は腕をさらに少女に向けてくる。少女は蔑んだように笑う。
「それで自分は、ここで殺されても良いと?」
久しく目にしなかった人間の血は、泉の明かりを受けて宝石のように輝いていた。芳しい香りが飢えた吸血鬼の本能を刺激する。
少女は全く逃げ出す様子も見せず、全てを投げ出す右京に戸惑い、また食欲に抗えない自分を浅ましいとすら思いながらも、右京の傷口にゆっくりと唇を近付けていく。
「…」
少女は途中で止める。唇を結んで拒絶しようとするが、なおも魅惑的に煌めく赤は、疲労しきった脳の最後の理性を奪い取っていく。
少女はついに右京の傷口に小さな牙を立てた。浅くない傷をさらに抉られる痛み。それ以上に恐怖。またそれ以上の、傷付いた少女への、哀れみとかすまなさとか、そんなの。
悪いな日和。親父。朱夏。…比丘尼さん。
右京は死を覚悟し、目を閉じた。



何時間も経ってから、右京は再び目を覚ました。霞んだ視界は次第にはっきり像を結び、気を失う前と変わらない、だだっ広い洞穴と赤々と燃える泉を網膜上に映し出した。
…生きてる?
右京はゆっくり身体を起こした。頭がぼうっとする。身体がだるい。心なしか寒気もする。右京は左腕を見た。傷は、赤く刻まれズキズキ痛んでいたが、流血は既に止まっていた。
右京はキョロキョロと周りを見回す。しかし、既に少女の姿はなかった。
何で、助けられたんだ、俺。
右京は疑問に思いながらも、ふらふらと立ち上がった。
「だからっ、誰か生徒が侵入したのを確かに見たんですよ!」
聞き覚えがある声が、かなり近くから岩盤に反響しながら聞こえてきた。この迷宮の管理人だ。
「それの何が問題なんだよ、そいつが強けりゃ脱出できるだろうし弱けりゃどっかで死んでるだろうし。それだけだろう。」
誰か連れてきたらしい。彼に対して面倒臭そうに答える声が聞こえてきた。
「問題大有りですよ生徒の家族とか煩いし、私が全ての責任を取らされるんですから…」
カツン、コツンと足音も響いてきた。やがて曲がり角の向こうからカンテラの灯りがはみ出してきて、二人の魔法使いの姿が現れた。右京は天井の隅、影になっているところに貼り付きながら息を潜めて二人が通りすぎるのを待ち、彼らの姿が見えなくなってから地面に飛びおり、出口に向かって走り出した。
あの様子じゃ多分、そんな大事にはされてないだろう。
右京の予想通り、午後三時なんて誰もが疲れて眠るこの時間では、見張りは誰もいなかった。右京は難なく扉を抜け、地下迷宮からも闘技場からも脱出できた。そのかわり、外に出てすぐ、目に飛び込んできた午後の太陽の眩しさに、ここ半日で肉体と精神に受けたダメージの全てを思い出し、寮に帰り着くことすら出来ずに酔っ払い不良学生みたいに道の途中の公園のベンチに凭れ、その日の授業の半分が終わるまで睡眠を貪り続けたのであったが。

翌日。
『グレーテルの花園』で、三ノ輪たちが、右京から赤く輝く小瓶を受け取り、にやりと下卑た笑みを浮かべる。
「ありがとよ。約束通り薬が出来たら…」
「言っただろ、いらねえからもう二度と巻き込まないでくれ」
右京は素っ気なく言いながら立ち去っていった。
「ま、残念だったな。一級魔導士候補が無事に戻ってきて。」
ピアスだらけの少年が、日和に向かってバカにしたように鼻で笑う。
「…」
日和は少年を睨み付ける。
「あいつ包帯してたな。」
三ノ輪が言う。ピアスは今度は声をあげて笑った。
「無傷じゃそりゃあ済まねえだろう。痛えといいな。」

結局右京の侵入はバレずに済み、何の罰も受けることなくこの事件は終わった。学校中の生徒に『ダイダロスの迷宮に侵入したバカ者がいたらしい、次見付けたら退学にするんでよろしく』と書かれたプリントが配られ、毎日授業終了後二時間ほどあの管理人含め数人の魔導士が闘技場を警備するということに決まったが。
しかし、右京自身はそれで終わることが出来なかった。
吸血鬼とはいえ、姿かたちは殆んど人間の少女であるあの子が、あんな恐ろしい場所に、あんな格好で置いておかれている。自分が見てきたものが、想像出来なかったことでは無いとはいえ、やはり衝撃的だったのだ。
右京の心には、二つ目の決意が生まれていた。



※やっぱり透明になれる設定なしにします。都合良すぎる。回転女史にはなれんわ。

六話続き・後で纏めます

「んなこと言ったって…」
右京は今更ながら溜め息をつく。
何であんなアホらしいこと、請け負っちまったんだろう?しかし、今からあの怖そーな日和の友人たちに『やっぱり止めた』と言うのは、その反応を予想するとダイダロスの迷宮で負傷するのに匹敵するくらい恐ろしいし、何より男がすたる。
「よしっ!」
右京は拳を握って立ち上がった。

月曜日。
右京は授業が終わるやいなや、教室をいち早く飛び出していった。あの日以来、比丘尼は何も声をかけて来ない。今日も、今までは授業の片付けも手伝わずに帰ろうとする右京を怒鳴り付けていたのに、走り去る右京を下を向いてやり過ごしていた。日和も何も言わなかった。
右京はそんな彼らの反応が少しばかり気掛かりであったが、気にしない振りをして闘技場(講堂改め)へと向かう。

茶色いタイルがびっしり張られた、一目見ただけでのし掛かられるような威圧感を感じる建物。それが年に一度、一級魔導士試験の時に用いられる特別闘技場であった。右京は実はここに来たことがない。一級魔導士もそれ以外の階級も、昇級試験を同時に行うからだ。一年生から、五級、四級、三級、二級、と特別な事情がない限りの最速のスピードでとんとんと昇級していった右京は、一級魔導士試験の会場の中を見るのはこれがはじめてであった。
「広いな…」
それなりに長い廊下を抜け、広間に出た右京は周りを見渡す。壁一面、ぐるりと、天井まで無数の段になって、石の長椅子が並べられていた。
真ん中の一番低いところは、床に四角い石畳が張られている。良く見ると広間の隅、床に小さな黒い扉のようなものが取り付けられている。
もしかして、ここから侵入するのかな?
右京は広間を駆け足で横切り、扉に近づく。右京はしゃがんで、扉を観察した。それは黒檀で造られ、真鍮の取っ手が着いたものだった。人一人以上が余裕を持って通ることが出来る大きさだ。鍵穴はついていない。恐らく、扉をあける為の特殊な魔法があるのだろう。ヘタに適当な魔法をかけると、扉から反撃される恐れがある。例えば天魔連中に響き渡る大音量で警報がなるとか。ならば、あの三ノ輪とかいう学生が言っていた通り、時が来るまで待つのが得策だ。右京は一度立ち上がり、扉から少し離れた辺りの長椅子の下に潜り込んだ。
状況は、一時間ほど経って曲げたままの右京の足腰がいい加減感覚が無くなってきた頃に変化した。
カツン、コツンと石畳を革靴で蹴る音が遠くから響いてきたのだ。
右京は狭い空間の中でやっとのことで杖を振り、身体と服を透き通らせた。足音の主、地下迷宮の管理人が広間に入ってきた頃には、右京は既に薄手のクリスタルガラスのように周囲に溶け込めるほど透明になっていたが、何分『水』属性の魔法は苦手だ。いつまで持つかわかったものではない。しかも足音や気配までは消せない。右京は息を殺して忍び足で、いつ気付かれても逃げやすいように管理人の黒い衣服の男の背後に周りながら近づいていった。
管理人は扉の側でしゃがむと、杖を取り出し小さく呟いた。
「悪女の心理学(イフタフヤーシムシム)!」
扉はパカッと、間抜けな音を立てて左右に開いた。管理人は扉のすぐ下にあるらしい梯子を伝い、そろそろと降りていった。管理人の頭が完全に地下に隠れた頃、扉はぎぎぃ…と軋んでゆっくりと閉じかけた。右京は慌てて扉に手を掛けた。
この男、降りるの遅え!
右京が扉をあらんかぎりの力で引っ張ろうとするが、扉は頑固に秘密の入り口を守るべく、閉じようとする。
くそ、もう構うものか。
右京は思いきって入り口に飛び込み、扉から手を離した。その瞬間、ゴゥン、と木製の癖にやたら重い音を立てて閉じた。

「ぎゃー以外と高けェー!」

右京はウサギを追いかけているアリスもかくや、というほど長い距離をGに従って落ちていった。「おい、誰だ!!」
つい口から飛び出した叫び声のせいか、透明になる魔法の効果が切れたのか、はたまたその両方か、右京の遥か上からあの管理人の声がしてオレンジの閃光が何本か降ってきた。
「わっ、たっ!」
右京は空中で落ちながら新手の創作ダンスを踊るように閃光を避ける。
幸運なことにあの管理人は飛行術の類いは使えないようだ。
右京はそれで思いだし、杖を軽く振った。
実は右京もまだ飛行できないが、落下速度を緩めるくらいなら出来る。右京は羽根の一片の如く、ふわりふわりと空を漂いながら、果てしない暗闇を落ちていった。
やがて右京は両膝が固い地面に着くのを感じた。魔法無しで落ちるよりは随分軽い衝撃に、右京はそれでもつんのめりながら、立ち上がった。
「暗い…」
そこは落ちている途中より暗い、無限の闇が広がる場所だった。ランプも、鬼火一つも見当たらない。右京は仕方無く、左手のひらに息を吹き掛けて真っ赤な炎を灯す。炎は油もないのに、また右京の肉体を焼くこともなくゆらゆらと揺れた。
右京は炎の明かりだけを頼りにゆっくりと歩き出した。カラン、カランと響く、自身の足音と、たまに小動物の骨を踏み潰す乾いた音しかしない、絶対的な静寂。
しかし。何となくだが、どこに向かって歩けばいいのかだけは解る気がする。
焦げたトウガラシに柑橘類が混ざったような不思議な臭いが漂ってくる、気がするのだ。右京は慎重に、落下地点からどのように進んでいるのか頭にインプットしながら歩みを進める。
右に左に曲がったり、坂を昇ったり、階段を降りたり、必要以上に複雑なルートを辿りながら歩くこと二十分、右京は暗闇の先に鮮やかなトウガラシ色に輝く小さな点を見つけた。
臭い?もあれが発信源のようだ。やっと見つけたぞ。
右京は早くも小瓶を取り出し握りながら、泉に向かって駆け出した。
その時、ドーンと鼓膜を爆発させるような音がして、右京は数メートル吹っ飛ばされた。ドスン。右京は強かに尻を打ち付ける。小瓶は手の中から離れ、闇の中に消えた。割れたかもしれない。
ちくしょう、何だってんだ。
右京は杖を振って小瓶を取り戻そうとしたが、その前に小瓶とか三ノ輪に与えられたミッションなんてどうでも良くなってしまうくらい重大なことに気が付いてしまった。右京の目の前に、でかい黒い大きな影が立ちはだかっていたのだ。

※何故、悪女の心理学か…シェラザードは結構な才女で悪女かと思うのです。
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