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暗殺教室(吉原):檸檬~吉田寿美鈴の素晴らしくトラブルな日常~

Not梶井基次郎。子供や旦那さんに煩わされる寿美鈴さんのお話。山のないなだらかな日常の一部。未来捏造。吉原始め、「彼」と「彼女」の子供とか、「彼」と名も知らぬステキな奥方の子供とか、私が思い描いた通り勝手に作ってますが、ほんのお遊びみたいなものなので悪しからず。


レースのカーテンを掛けた窓から差し込む、白い日差し。遠く聞こえるクマゼミの声。…夏、真っ盛り。
吉田寿美鈴はようやっと家の掃除を終え、タオルで汗を拭きながら、白を基調とした清潔感のある、広い台所に向かう。壁に掛けてある、丸くて黄色い時計は、11時20分を指していた。
…もうすぐ昼食の時間だ。

遅くなっちゃったけど、何ならすぐに作れるだろう?家庭菜園で採れたトマトとかナスとかズッキーニがまだ余ってたっけ。それ全部刻んでドライカレーにしちゃおうか。

寿美鈴は冷蔵庫の野菜室を開けて、使いかけの野菜の断片をいくつか取り出した。使い込まれたまな板と、すっかり手になじんだ包丁で、手際よく材料をみじん切りにしていく。たんたんたんたん、小気味いい音が台所に響いた。

料理をするのは、やっぱり好きだ。他の家事と違って、苦労の成果が分かりやすく出るからだ。みんなにも、喜んで貰えやすいし。自分も、食べることが好きだし。

ひき肉と刻んだ野菜を、テフロン加工が禿げかけたフライパンに全部放り込み、カレー粉で炒める。木べらを使ってよく混ぜて、万遍なく。全体的に油を吸ってしんなりして、ターメリック色に染まったら、赤ワインとトマトの缶詰、隠し味にいくつかの調味料を入れて、蓋をして煮込む。そうそう、ローリエも忘れずに。

煮詰まって、味が馴染むまで、少し時間が空いてしまった。やれることはないだろうか?

寿美鈴はきょろきょろと周りを見回す。台所も、ダイニングも、掃除したばかりのこの家はどこもかしこも綺麗で、やるべき仕事は残されてはいなかった。

手持無沙汰に腕を組んだ寿美鈴の視界の端に飛び込んできたのは、キッチンの窓近く、中庭に生えている、檸檬の木だった。栽培十年目の檸檬。大切に世話をしてきた甲斐あって、大分沢山の実を結ぶようになった。
寿美鈴は微笑んで、縁側からサンダルを履いて外に出る。そして檸檬の木の傍にしゃがんで、囁いた。
「今日も素敵ね」
寿美鈴はエプロンのポケットから園芸用の鋏を取り出して、よく熟れた黄色い果実を一つ選んでぷちりと切り取る。台所に戻って、檸檬を二つに切って、ガラスの絞り器に押し付けて絞れば、鮮烈な香りが果汁と一緒にはじけ飛んだ。

椚が丘市の、曲名はわからないが何とも切なげな曲調の、お昼のチャイムが流れてきた。同時に、玄関の引き戸がガラガラ、と開く音がした。
「ただいまぁ」
慌てて出迎えると、ツナギ姿でオイルの匂いを纏った、夫の大成がスニーカーを脱いでいるところだった。
「お帰りなさい。早かったわね」
「おう。カレー?」
部屋中に漂う香辛料の香りに、大成は驚いたような顔をして訊いてくる。
「ドライカレーの方だけどね。簡単なもので、すみませんね」
寿美鈴は台所に戻り、皿を用意しながら答えた。
「いや、逆だよ。昼飯なんだし、もっと簡単なモノでもいいのに」
そうは言うものの昔っからの好物だからか、大成の表情は僅かにほころんでいる。寿美鈴もふふっと笑って、皿に炊き立てのご飯とルウを盛り付けた。

久し振りにちょっと、新婚さん気分。

何だか部屋中を、甘い空気が満たしかけた、その時。
「ただいまあ!!」
「ただいま!!」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「こんちはー!」
ガラガラガラ、バターンと壊れるんじゃないかと思うくらい乱暴な音を立てて、再び玄関の戸が開いた。そして間を空けず、わらわらと子供たちが五人、プール帰りの塩素臭を撒き散らしながら家の中に入ってきた。
「母ちゃん、腹減ったー」
つんつん短い髪に日焼けした肌、父親そっくりの端正な顔立ち。吉田家の長男・大寿(たいじゅ)が先頭だ。
「わーいカレーだぁ」
母親が手に持った皿を見て、短いツインテールの可愛い大寿の妹、成美(なるみ)が歓声を上げる。それから後ろに並んでいる自分より年上の少女たち二人と、パチパチとハイタッチをした。

…決して迷惑じゃない、寧ろ大寿や成美と同じくらいには大切に思っている子供たちだ、しかし。

「あら、綾(あや)成(な)ちゃん瑞綺(みずき)ちゃん海舟くんいらっしゃい」
それぞれ中学時代以来の親友たちの面影を持つ子供たちに笑顔であいさつした後、寿美鈴は冷蔵庫を開けようとする大寿を捕まえ、小さい声で注意した。
「お友達を連れてくるときは一言連絡してって何度も言ってるでしょ?」
「だってプールで会っちゃったんだもん。それに遊びに来たんじゃないよ」
大寿は唇を尖らせて言う。彼が口答えせずに母親の言うことを素直に聞いてくれたことは、一度もない。
「お兄ちゃんたち宿題しにきたのよね」
成美はいつでもお兄ちゃんの味方だ。
「その前におばさん、腹減ったー」
THE・ガキ大将といった風情の、大柄で刈り上げ頭の少年・海舟が言った。
「お昼ね、…でも七人分…あるかなあ…」
寿美鈴はフライパンの中を覗き込む。ドライカレーは精々一家四人が食べるのにやっとくらいしか作っていない。
「あの、お昼他所で食べてきますから」
海舟の脇を肘で小突きながら、淡い色のショートヘアに大きな目をした少女、綾成が気を遣う。
「私あんまり食べないし」
黒い巻き毛と下まつ毛が印象的な細身の少女、瑞綺も重ねて言った。
「昨日の夕飯の残りが色々あったじゃねーか、それ出してやれよ」
既にテーブルについている大成が待ちかねてか口を挟んできた。子供たちを気遣ってと言うよりは「何でもいいから早くメシにしてくれ」というような意図を大成の口調から感じ取った寿美鈴は、ついに声を荒げて怒った。
「あなた、そう言うなら手伝って下さいな!!」

結局食卓には、ドライカレーの他にポテトサラダ、胡瓜の浅漬け、うぐいす豆、エビフライ、西瓜と豪華かつ雑多な食べ物たちが並んだ。ドライカレーの煮込み時間中にさっと作ったレモネードも忘れずに。
それでも子供たちも大成も、目を輝かせて手を合わせた。
「いっただっきまーす!!!!」

かちゃかちゃと皿とスプーンが触れ合う音。氷とグラスが触れ合う怜悧な音。誰も集中しては観ていないが、テレビからはBGMのようにニュースキャスターの声が流れてくる。
「そういえば大ちゃん、まだ宿題終わってなかったのね?」
寿美鈴が大寿に訊いた。お客さんがいるのであまりおおっぴらに叱ることは出来ないが、ちょっとトゲのある口調を隠さなかった。大寿は事もなげに答える。
「今日みんなときょーりょくしてやるから良いんだもん」
「算数と自由工作はあやちゃんに手伝って貰って~、国語はみーちゃんに手伝って貰って~」
成美が説明を買って出る。
「お前と海舟は何担当なんだよ」
大成が息子に訊く。大寿は海舟と顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「俺ら遊ぶの担当」
「なー」
だははははと笑うクソガキ共二人に、寿美鈴は額を押えてため息を吐く。大成もこれには「いつの時代も男って生き物はバカなんだな」と苦笑いした。

「大寿これあげる、最後のプロペラ部分だけ取り付ければ自由工作完成だから」
食事が大体終わり、男の子たちが半分席を立って遊び始めた頃、綾成がシンプルな顔のキャラクターがプリントされたトートバッグからラジコンのヘリコプターを取り出して言った。
「…」
「ありがとー!さっすが綾成」
「わーいいなあ、俺も欲しい」
「海舟はダメ、同じ学年で三人もラジコン作ってきたら怪しまれるでしょ!」
「ちぇ、ケチ」
あまりのことに言葉を失う寿美鈴を置いて、子供たちの間で会話は進む。おまけに大成まで参加して、「ちょっと貸してみ」とヘリコプターを手に取って、矯めつ眇めつあらゆる角度で眺めながら感嘆の声を上げた。
「いや凄い、ホントに良く出来てんな、おめー親父さんより器用なんじゃねーか?ウチの従業員に欲しいくらいだ」
「あなたっ!」
夫を一喝して一度黙らせ、寿美鈴は綾成と目線を合わせる。
「綾成ちゃん、大寿の宿題手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、代わりにやっちゃうのはどうかなと思うの」
「…友達には優しくしなさいって、お父さん言ってた」
綾成は寿美鈴から視線を床に逸らしながら呟いた。どうやら自分でもあまり良くないことだと解ってはいるらしい。
「綾成はねえ、こーゆーのは教えるより自分でとっととやっちゃいたいタイプなのよ。私付き合い長いからわかる」
瑞綺は若かりし頃の母親によく似た顔でクックックッと笑う。
専門的な知識の必要な電子工作を教えるのは難しいが、友達に何かはしてやりたい。綾成の気持ちがよく解り、寿美鈴は切なくも微笑ましいような気分になる。しかし、言うべきことはちゃんと教えなければならない。
「でもね、お父さんが言ってた『優しくしなさい』はそういうことじゃないと思うな。全部やってもらったら、本当の意味で大寿のためにはならないでしょ?」
「…うん」
綾成が頷いた。寿美鈴は綾成のサラサラの髪をちょっとだけ撫でて、アドバイスをした。
「もっと簡単な、大寿と一緒にやれる題材を選んでみたらどうかな?この前テレビでやってたんだけど、レモンと硬貨で電池が作れるんだって。レモンならいっぱいあるし、そんなのにしたら?」
「えーそんなダサイのやだー、綾成が作ってきてくれたんだからそれでいいじゃん、俺もラクしたいし」
海舟と『仮面なんちゃら』の技のかけあいっこをしていた大寿が言った。
「そーそー、自由工作なんてテキトーで良いんだよテキトーで」
大成まで口を挟む。
「…」
寿美鈴は夫と息子をすぅっと、冷えた視線で見据える。
「…お、俺午後の仕事行くわ」
妻を取り巻き出した不穏な空気を感じ取った大成は、そろーりとダイニングを後にした。

大成が出かけた後、子供たちも宿題(本当のところはゲームかもしれないが)をするために大寿の部屋に引っ込んだ。きゃいきゃいと甲高い騒ぎ声が微かに二階から響いてくる(勉強しているはずなのに何故?!)のを聞きながら、寿美鈴はテーブルの上のお皿や残り物を片付ける。

全く、大寿には困ったものだわ。素直に言うこと訊いてくれた試しがないし。一体誰に似たんだろう?…私たちだ。

寿美鈴は大量に残された食器やフライパンたちをがしゃがしゃと洗いながらため息を吐く。

子供を産んでから何度となく思ったことだけど、子育てってこんなにも思い通りにならず、大変なモノなんだ。野菜や果物なら、そりゃあ天候や病気に左右されることも多くあるけれど、正しい方法で大切に世話してやればその分だけ沢山実ってくれる。でも人間の子供は違う。
きっと私の両親もそう思いながら私を育ててくれたんだわ。自分が出来なかったこと、親から言われていたのにしなくて後から後悔したこと、今度はさせてやりたくて、人生失敗したなんて、ちっとも思ったりしないようにって。

でも悲しいかな、やっぱり時代は繰り返す。

夏の午後の温い風は、眠気を誘う。洗い物を終えた寿美鈴は、なんだかどっと疲れてしまい、濡れた手をタオルで拭くと中庭の見える縁側に座り込んだ。

草の蒸れる青い香りが漂ってくる。夏の中庭は、とても彩り豊かだ。寿美鈴が大切に作り上げてきた、小さくも多種多様な作物を実らせる菜園。これも彼女の宝物である。
濃い緑の中で目立つ、ルビーみたいに煌めく赤いトマト、黒々と輝くナス、艶やかに膨らんだ黄金色のパプリカ。その根元には、赤シソ、チャイブ、バジルといったハーブ類が所狭しと茂っていた。
きゅうりは…そろそろ終わりっぽいな。あの最後の二本を収穫したら、可哀想だけど抜いてしまおう。
そんなことを考えているあいだにも、容赦なく瞼は落ちてくる。洗濯物取り込まなきゃとか、ジュースやお菓子を子供たちに持っていかなきゃとか、まだまだ仕事は一杯あるのに、身体がどうしても動かなかった。意識が時々、途切れる。
年かなあ、と寿美鈴はぼんやり思った。
子供たちが居るけど、大きな悪戯や危ないことはもう長いことされてないし、多分大丈夫だろう。
二時まで、と寿美鈴は決めて、木の匂いのする硬い廊下に横たわった。
庭の隅に生えている、栽培十年目の檸檬と七年目の桃が、温い微風にさわさわと葉をなびかせた。

「母ちゃん」
暫くして、頭の上から息子の声がした。
「大寿?…もう二時?」
目を開けることも出来ないまま、寿美鈴は訊いた。大寿は答える。
「まだ一時四十五分だよ」
それだけ言って、大寿の軽い足音がパタパタとどこかに遠ざかって行った。
「…?」
どうしたんだろう?早くもお腹が空いたかな?
夢心地の意識の片隅で、寿美鈴が考えていると、またパタパタと足音が近づいてきた。
「おやつは、三時まで待っててよ。クッキーでも焼いて持ってってあげるから」
横になったまま、すぐ近くに立っているであろう大寿に言う。大寿は言った、
「いいよ、自分でテキトーにあるもの持ってくし」
それから、何かが寿美鈴の身体に掛けられた。薄目を開けてみると、それは大きなバスタオルだった。驚いて身体を起こし、振り向くと、そこにはもう大寿の姿は見えなかった。とんとんとん、と階段を駆け上がっていく音がする。
「…」
洗剤由来のレモン香料の香りがする、バスタオルを抱きしめ、それから寿美鈴は苦笑した。

もう、何でもいいや。健やかで、いつも笑顔で幸せであればそれで。
でも贅沢言うならクッションとかも持ってきて欲しかったな。



子供たちは勉強はそこそこにおやつを食べ、ゲームをして、菜園の摘んでもいいと寿美鈴に言われた草花で遊んだりして、あっという間に時間が過ぎた。五時になって、瑞綺の携帯に父親からメールが来たのをきっかけに、子供たちをそれぞれの家に送り届けることにした。仕事が終わった大成、寿美鈴、大寿に成美、全員揃って、ワゴン車に乗って家を出る。

「なー、今度の日曜日、みんなでバーベキューしに行こーぜー、おじさんおばさんたちも誘ってさあ」
大寿が言った。大成がハンドルを握りながら答えた。
「おー、良いなあ。おじさんおばさんは、…みんな忙しいから無理かもしれねえけど」
「じゃあ俺肉なー」
「鶏肉ー」
「私果物ー」
「あたし甘いのー」
他の子供たちからポイポイポーイと希望が上がる。
「で、結局準備するのは私なのよね」
寿美鈴が苦笑いする。

一人、また一人と家に帰し、車内は次第に静かになる。一番遠い寺坂家からもそんなに距離がある訳ではないが、全員送り返して帰り道に差し掛かる頃には大寿、成美の二人とも、疲れて眠ってしまった。
「眠ってりゃ可愛いのにな」
信号待ちで停まっている時、大成が後部座席を見ながら笑って言った。
「もー、ホントに」
寿美鈴もくすくす笑う。
「夏休みでこいつら居ると、大変でしょうがねーだろ」
「大きい子供で慣れてますから、大丈夫よ」
澄ました顔で返され、大成は言葉に詰まってしまう。
「…今度のバーベキュー、ホントにやるなら俺が準備するから寿美鈴は休んでろよ」
随分久し振りに気を遣ってくれる大成に寿美鈴はちょっと皮肉気味に答える。
「あら、珍しい」
それから続けて言った、
「それじゃあ、炭とか、コンロの準備をお願いしようかしら。料理は私やるわよ」
「それじゃお前休めねえじゃねーか…」
信号が青に変わる。大成はアクセルを踏み、車を発進させた。

寿美鈴の日常は、今や家族を中心に回っている。時にワガママだったり、時に無神経だったりする彼らに悩まされることも多いが、彼らの笑顔が同時に薬箱(レメディ)でもある。

鶏肉はジャークチキンの下味をつけて持っていこう。果物は…最近高いからウチで採れるもの中心に。甘いのって…マシュマロとかそんなののことかしら?後で成美に訊いてみよう。大人組が来られるなら、お酒も用意しなきゃね。サングリアとかどうだろう?

疲れることもあるけれど、それが彼女の、素晴らしくトラブルな毎日である。
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暗殺教室(イト村):キスを

戸川純の楽曲より。ホモォ。イト村練習。ラブラブは苦手だけど頑張ってドス甘?な話描いてみたよ。でもいちゃついてるだけの話です。ABCならギリギリAまでですが、結構克明なので苦手な方は注意。まあ、ブログに載せても特に問題ないでしょう。


 爪先立ちして、村松の首に腕を回す。力を込めると、村松は俺の意を汲んでかその場に立て膝をついて座った。俺は村松の肩に手を置いて少しだけ身を屈め、目線が同じ高さになった村松の目をじぃっと覗き込む。日が沈みきって薄暗い部屋の中、村松の顔がぼんやり白く浮かび上がって見える。
「…何だよ」
 村松がはにかむように気まずそうに笑う。
 解っている、くせに。
 俺は村松の頬に手を添えて、ゆっくりと目を閉じる。村松も嫌がったりはしなかった、そのまま距離がゼロになって、唇が重なる。一回、二回、三回、兎に角何回でも、軽い口付けを重ねてみる。
 やがてそれでは物足りなくなって、少し舌を出して村松の唇を舐めてみた。
 村松の唇はややカサついていた。秋も遅いし空気も乾燥しているので仕方がないとは思うが、それではいけない。
 治すつもり…でも無いけれど、ぺろぺろと少しだけ乾いた箇所を重点的に舐めてやると、
「っ、犬じゃねえんだから」
 村松が少しだけ鬱陶しそうに俺の額に手をやって押しやろうとした。気に入らなかったので、拒絶を表すその手首を掴んで持ち上げて、もう一度口付ける。ぴったり合わせた頑なな唇に、舌先を触れさせてやれば、村松は仕方無さそうに唇を開いた。そうなれば、俺はもう遠慮無く入れさせてもらう。村松から求めるのではないのが甚だ不満だが。僅かな隙間に舌先を滑り込ませる。歯列を軽くなぞり、もっと深く舌を入れてやると、村松の舌に触れた。
「ふ…っ…」
息苦しいのか気持ち良いのか、村松は時折声を漏らす。視界が悪い分感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
そういう声は、中々色気があると思う。小悪党面のくせに。じわりじわりと、体温が上がる気がする、特に頭とか腰の奥とか。
好きな相手だし、そーゆーことに興味しかない思春期真っ最中なので、まあ、もっと深いところで触れ合いたい気持ちはとてもある。しかし少し調べてみたところ、男同士でそういうことをするのは結構大変なことらしくて。慣れない行為で痛めつけるのもあまり気が進まなくて、今の所は精々、今みたいにキスしたり、身体に触れ合う程度に留めている。
唇を合わせながら、村松の頭に手を回して、髪に触れたり、肩を撫でたり、胸元に手を押しつけたりしてみる。とくんとくん、鼓動がなるのを手のひらに感じる。厚い冬服の生地が邪魔だけど。村松がちゃんと生きて、ここにいる証。俺の傍らにいる証。
予期せず失ってきたもの、これから失うかもしれないもの、それに村松が含まれているかもしれないとか思うと、堪らなくなって、もっともっとこいつの存在を直に感じたくなる。

部屋に入るなり、電気も付けずにイトナは俺に抱きついてきた。首に回してきた腕に込めた力の向きで座れと言ってきたので、しゃがんでやったらしつこいキス攻撃が始まった。
いつものことだが藪から棒に発情するのは止めてくれ。
その願いは届かず、俺は結局イトナのなすがままになる。唇、乾き気味なのは気づいていたがついぞほっといていた。ていうか、男があんまりそーゆー部分手入れするのもなんだかと。それをイトナがやたら気にして犬みたいに舐めてくる。
いや、それ却って荒れるから。
やめろと押しやってやれば、怒らせちまったのか乱暴に腕を掴んで頭の上に持ち上げようとしてきた。今更抵抗する訳じゃ、ねえっての。肉体改造の名残か、コイツは俺よりかなりチビで細っこい割に力が強い。
そしてまたしてもキス、今度は舌を入れさせろと催促してくる。渋々、唇を開けてやり、イトナを受け入れてやる。
ディープキスのやり方というのは中々難しいモノがある、ホントは中学生は読んじゃいけない書物や漫画を観てみても、そんなシーンはよく目にする割に実践するとなると中々ピンと来ない。ビッチ先生のヒワイな授業のお陰でどういう風にやるのかくらいは解るけれど、口内で食玩を組み立てるほどお口が器用なあの人がやるみたいに再現できるわけもなし。
イトナも例に違わず、そう巧くはいかなかった。イトナがテキトーに口の中引っ掻き回してくれた所で息苦しいだけだ。…身体の奥がぼうっとしてくるあたり、それだけでは、無いのかもしれないけど。
イトナはキスを繰り返しながら俺の身体にぺたぺたと触れてくる。髪とか肩とか、胸元とか。その手の動きが、次第に速く深いものになる。
イトナが唇を離す。唾液で糸が成されて、儚く俺と繋いでいる。まるですがりつくみたいに。
イトナが大きな目に熱を込めて、俺を見つめながら訊いてきた。
「脱がして、良いか」
「ダメ」
流石に、それは。まだ風呂入ってないし、一階じゃ親父が元気にへいらっしゃい連発してるし。
それを説明したら、イトナは不満そうな顔をしたが、俺の背中に腕を回して胸に顔を押しつける格好で大人しくなった。
「…何だって、いきなり」
俺が今までの行為の理由を訊くと。
「…風が冷たくて、月が欠けてたから」
イトナはそんなことを呟いた。
「その時が、確実に近づいていると思うと。せっかくお前を知ることが出来たのに、また失うかもしれないと思うと」
胸元でぼそぼそ呟くイトナの表情は窺い知れなかった。もしかしたらいつもの無表情のままかもしれないし、涙の一つでも浮かべてるかもしれない。
コイツは。堀部糸成は。小学生と見紛うくらいガキっぽい容姿の割りに普段頭も良いし思慮深くもある、でも。やっぱりコイツは俺と同じ、ただの中学三年生、なんだろう。
ただの中学三年生に世界の命運を託すことがどんなに残酷か、偉そーにふんぞり返る政治家たちは、大人たちは、多分知らない。
「大丈夫、俺はどこにもいかねえよ」
確約なんかされていない。でも、俺はなんだかんだで好きなコイツを安心させるために言ってやる。
「嘘吐きだな、お前」
イトナは悲しそうに笑う。
…まあ、バレてるわな。詫びと言っちゃあなんだが、俺はイトナの背中に腕を回してやる。
イトナはこてんと、俺の胸に頭を預けて、目を閉じていた。
「…次の暗殺、上手く行けばいいな」
俺はイトナの髪に指を通しながら言った。イトナは何も言わなかった。

窓から見える三日月は、虚ろな真珠色に光りながら空高く浮かんでいた。



over

暗殺教室(村狭←イト):赤い花の満開の下

戸川純の楽曲(一部変更)に乗せて。村狭の結婚式場から去るイトナ君の心情(『花の名を知らない』で似たようなもの描いていたけど、恋敵が親友ってだけでまたちょいと変わると思うですよ)


久しぶりに、真っ白い雲を見た。空を見ること自体、久しぶりだった。

ごーん、ごーん。二人の門出を祝福する、重厚な鐘の音が響き渡る。
堀部イトナは、遠くその音を背にしながら、昔のことを思い出していた。



親にも捨てられ、仮初の保護者にも裏切られ、世界でたった一人ぼっちだった俺を、あいつらは『友達』だと言ってくれた。一緒に遊んで、一緒に悪いことして、一緒に戦って、まあ少しくらいは勉強もして。目まぐるしくも色鮮やかな、楽しい日々。
結局、殺せんせー暗殺は成功し、地球は滅びなかった。俺たち全員が高校に進学し、俺の元にも両親が戻ってきた。俺たちを取り巻く環境は、少しずつ変わっていったけれど、それでもあいつらとは変わらず友達のままだった。
…その内の一人だけ、いつしか友達とは見れなくなってしまった人がいた。狭間綺羅々。俺たちグループの紅一点。見てくれだけで言えば、俺の好みではなかったかもしれない。でも、あの人は、とても大人で、とても度胸が据わっていて、それでいて少し不安定で、内面からの魅力のある人だった。気が付いたら目で追うようになっていて、…その人のことばかり考えるようにもなっていた。

かつて独りだったように 別れてまた独りになった
日差しが眩しいほど午後の空 独りになったと実感が湧く

「綺羅々…狭間と、結婚することになった」
ある時、村松がそう告げた。目の前が、一瞬真っ暗になった。鈍器のようなもので頭を殴られて、奈落の底に突き落とされた、そんな気分になった。でも、いつかそんな時が来るような気がしていた。俺は色んな感情を隠して、いつもの通りの無表情(に見えたかどうかは定かではないが)を取り繕って祝福する。
「良かったじゃないか。おめでとう」
「…」
村松は元々小物悪役みたいな面をさらに情けなく歪め、今にも泣きそうな顔で俯いていた。
「…どうした?」
訊いてやると、村松は土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。
「すまねえ!すまねえイトナ、俺は、お前の気持ちに気づいてた!!気づいた上で、俺は、俺は…」
「やめてくれ」
俺は言う。
「狭間が選んだのは紛れもなく、村松、お前だろう?お前がそんな迷っている様子でどうする。」
 静かに諌めてやると、村松は顔を上げた。俺は、大して背伸びしなくても同じ目線で物を見られるようになった村松と、視線を合わせる。
「俺は、お前らみんなとずっと友達で居ることを望んだ。お前は、狭間と恋仲になる道を選んだ。…それだけのことだ。」
そう言うと、やっぱり申し訳なさそうだったが、村松は笑った。友人の笑顔に安堵して、笑い返してやりながら、俺は自分をバカだと思った。

本当にやさしい人たちだ 離れても大切なままだろう
青い空雨上がりの空 俺はそれでも 生きていく

白いドレス、白いタキシード、二人の前に伸びるは白い道。穢れ一つない、二人の幸せな未来を表していた。
…あの二人を見ていれば見ているほど、俺がどれほどあの人のことを愛していたか、まざまざと知らしめられて、辛くなるのだ。
親友たちの幸せを本心から喜べない、そんな酷い人間が、そのままあいつらの傍にいられる訳もないのに。
だから、今しばらくは、独りに戻る。大丈夫、無力な中坊のままの俺じゃない。

幸せになれ、村松拓哉。
幸せになれ、村松綺羅々。

イトナがふわふわと落ちてくる細かい花びらに気づいて、見上げると、薄赤い花が木の上に咲き誇っていた。これは、合歓の木。花言葉は、確か『歓喜』。

ここ最近で初めて、彼の口元に微笑みが浮かんだ。

そうか、喜んでいるのか。色んな門出を。祝福して、くれるのか。

イトナは、硬い砂利の道を踏みしめて、また新たな一歩を歩き出す。

またいい日が来ると 樹々の花が
あれは赤い花 赤い花 孤独じゃない
親もいるし 仕事もあるし 全て失ったとしても きっと何かは残るだろう



over

風邪引きましたー

ここんとこずーっと、喉が痛くて痰が絡んでゲーゲーやってたのですが、昨日ついに熱が上がってきまして…それも景気よくドカーンと上がってドカーンと下がってくれるのではなく、じわーりじわーりと37・9くらいまで上がって中々下りてこないと言う気持ちの悪いことこの上ないものでした。咳と痰はメジコン飲んでもカフコデ飲んでも治まらず、暗殺教室11巻を拝む前に窒息死してしまうんでないかと思ったり。二日間に渡る自堕落闘病生活のお陰でまあ、何とか熱は下がったみたいです。あとは咳と痰ですよ。かれこれ二週間近く私を悩ましてくれている、これホントに風邪かいな?と。近所のお医者様は「そんなに腫れてもいないですよ?恐らくいくつかの風邪の菌が複合で入ってしまったのでしょう」と…。腫れてないんだって、こんなにこんなに痛いのに…。
明日、どうしようかお仕事。今週はあと一日なんですがね。急を要する仕事は割り当てられては居なかったけど。流石に三日も連続で休むのは申し訳無いし、ある程度動けるなら動いた方が身体のためには良いかもしれない。明日の朝の時点で平熱だったら行こう。例えまた悪くなったって土日あるしな。

垢と汗が酷い!顔がめっちゃ痒い!お風呂入りたい!!

暗殺教室(狭間):椅子取りゲーム

イトナに居場所を取られて疎外感を感じる狭間さんのお話。狭間さんは、寺坂グループを陰から支配するお姐さんキャラだと私は思っているので、何があっても割とドーンと構えていそうですが、たまにはこんな狭間さんも良いかなと。
途中、シモ注意。


最近、ウチの班の男共は、とても楽しそうだ。
狭間綺羅々は思う。
それというのも…
「おーいイトナ、頼まれてた部品もってきたぞ!」
吉田が、ネジと思しき金属の部品が入ったビニール袋を、綺羅々に当たりそうなくらい大きく振りながら走ってきた。
「イトナ、昨日の数学の宿題ちっと見せてくれや」
寺坂が、綺羅々にぶつかりそうだったことにも気付かずにスクールバッグを乱暴に机に置いた。
「何ィ、断る?!おめー誰が命救ってやったと思ってんだ」
「イトナ、親父がメンマ大量に余ったって!食うだろ?」
村松が、狭い机の間をすり抜ける時に綺羅々の机の上、しかも開いて読んでいたノートのど真ん中に手を着いた。
「…贅沢言うなよ、大体お前、ちゃんと野菜食えっての」

暫く横目で見ていたら、何時しか話題の中心は、イトナが殺せんせーから借りたというエロ写真集に移っていた。
「うっひょー、すんげぇ巨乳」
イトナの机の周りに集まって、揃いも揃ってデカい図体の背中を丸め、男共は食い入るように雑誌を覗き込んでいる。
「やっぱDカップは欲しいよな最低」
吉田がでれでれと言った。
「このビキニの食い込み具合がなかなか」
村松もキシシとニヤつきながら言う。
「君たちお子様だね、乳というものは美しくもなければ。ふくよかな白い膨らみの頂点に控えめに君臨する珊瑚色の乳首。…この娘はダメだね」
なんか増えてるし。
竹林が、眼鏡をくいっと指で押し上げながら会話に割り込んできた。
「全く、朝っぱらからビキニだ乳首だって…」
男共の会話を聞き咎めた片岡が心底から嫌そうに呟いた。
「狭間さん、こんな近くでよく耐えられるわね」
別に私は気にならない。男ってのはそういうものだ。でも。
綺羅々は思う。
私が一緒にいる時は、ここまで過激な猥談に花を咲かせたりはしなかった。こいつらなりに私に遠慮でもしていたのだろうか。

一日の授業が全部終わって、帰る時間。
「おうおめーら、村松んちでラーメン食ってくぞ」
寺坂が言った。
「まーたタダ飯食ってくのかよっ!!」
村松が目をひん剥いて怒鳴る。
これはいつも繰り返されるお約束の会話だ。それに伴い吉田とイトナもカバンを肩に掛けて立ち上がった。
「たまには博多ラーメンとか食いてーよ」
「バカ野郎、材料ねーのに作れるかよ」
村松が吉田のリクエストを素気なく突っぱねる。そして四人は、談笑しながら教室の出口近くまで歩いていった。
「あ。」
途中で寺坂が何かに気づいたように立ち止まった。それから振り返る、
「狭間、おめーも来るだろ?」

…忘れてたな?

そう思うとムショーに腹が立って、綺羅々はわざとらしいくらいにそっぽを向いた。
「私食欲無いから。そんなどっかの超能力ギャグ漫画みたいに毎日ラーメン食べてたらブタになるっての」
それから、綺羅々は再び椅子に腰を下ろして机の中から取りだした文庫本を開いた。教科書ノート全部カバンに詰めて帰り支度をしていたのは、誰の目にも明らかだったのに。

「…どうしたんだよ狭間の奴」
寺坂が怪訝そうに首をひねる。
「そりゃ毎日不味いラーメン食わされたら胃もたれもすんだろ?女の子だしな」
吉田が訳知り顔に頷いた。
「不味い不味い言いながら何で毎日来るんだよっ」
村松が額に青筋を浮かべて中指を立てながら怒る。
「…」
一連のやり取りを見ていたイトナは、何も言わなかった。寺坂たちが教室から出ていってもその場に留まって、子猫みたいに透明で大きな目を綺羅々に向け、暫く彼女をじぃっと見つめていた。
何かを言おうと逡巡しているようだったが、綺羅々はそれを無視した。やがて、
「イトナ何してんだよ、置いてっちまうぞ!」
寺坂に呼ばれて、彼もまた綺羅々に背を向けて、教室を後にした。

綺羅々は、教室から誰も居なくなっても文庫本と睨めっこを続けていた。しかし、全然内容は頭に入ってこない。

あー、もう!

綺羅々は文庫本を乱暴に閉じて、机の上に突っ伏した。
冷たく堅い木の表面に額をくっつけて、思い出すのは少し昔のこと。

綺羅々は一年生の時も、今とおんなじ、カワイクない女生徒だった。

「狭間さんて、ちょっと怖い…」
クラスメートたちはそう言って、綺羅々を遠巻きにした。まずは綺羅々の、魔女然とした容姿にビビり、何とか勇気を出して声を掛けた者は綺羅々のキッツイ物言いにたじろいで、二度と再び声を掛けてくることは無かった。この年頃の子たちは特に、自分と違う雰囲気を纏った存在に厳しいものである。綺羅々はいつも独りきりだった。別にそれでも構わなかった。一人でいるのには慣れていたし、それが心地よかったから。
しかし、ある時。席替えで、同じくクラスの嫌われ者、寺坂竜馬と隣になった。ヤツは行儀の悪いことに、机の上に汚れきった上履きの足をでんと乗せて、濁った目でぼーっと宙を見ていた。寺坂が綺羅々に初めて放った第一声は、コレだ。

「数学。めんど臭えから、宿題見せてくれや」

自分にそんな無遠慮な態度でモノを言ってくる奴は初めてだった。
「…はあ?あんたに見せてやる義理とか無いし」
内心びっくりしながら、いつものように毒を込めて言葉を吐く。寺坂は、恐れる様子もなく、ただふー、と息をついた。
「カタいこと言うなよ」
そうして勝手に、綺羅々の机の上に置いてあったノートを奪い取ってざかざかと自分のノートに書き写すと、それをポイと投げて返した。
何て野蛮で失礼で図々しい人間なんだろう。
綺羅々は思った。
でも同時に、興味深いとも思った。
暫く注意して見ていたら、こんなに無礼でみんなに嫌われている寺坂にも、二人の友人がいることが解った。それが村松拓哉と吉田大成だ。一見腰巾着のように見えるが、れっきとした対等な、仲の良い友達グループだった。揃いも揃って嫌われ者で、三人でつるんで教師に反抗したりささやかな悪いことをしたりしていた。綺羅々は何となく、彼らに付いて歩くようになった。寺坂たちの方も、そんな綺羅々を排除しようとしたり無碍に扱ったりはしなかった。それが独りでいるより居心地よくなって、気が付いたら四人でつるむのが通例になっていた。

…あの子(イトナ)は、良く知らないけど中々可哀想な来歴らしい。そんなあの子にやっと居場所が出来たんだ、それを疎むべきではない。

誰かに言い訳するみたいに、綺羅々は頭の中で自分に言い聞かせようとする。

それに…自分はもともと一人でいるのが好きだったし。あいつらだって、男同士で遠慮や気遣いなんてしないで、大好きなスケベ話なんか思う存分にしたいだろうし。それであいつらと関係が切れたって、ただ元通りになっただけだ。
あるべきものが、あるべき場所に。

…しかし、考えても考えても、心の奥底に隠れている本当の綺羅々は、どうしても納得してはくれなかった。彼女が首を横に振って訴え続けていることは、

私にとっても居場所なのに…

「あら、狭間さんまだ帰ってなかったんだ」
ガララ、と音がして、木製の引き戸が開かれた。顔を上げると深刻な女子不足に悩まされている三班の、もう一人の女子、原が教室に入ってくるところだった。
「…どうしたの?大丈夫?」
すぐに再び顔を伏せてしまった綺羅々を気遣って、原が訊いてくる。
「何でもない。ほっといて」
鼻と口を腕に押し付けた状態で、綺羅々はモゴモゴ喋る。
「そう…」
原は納得していない様子ではあったが、綺羅々の言うとおりにすることに決めたらしい。教室に戻ってきた目的の、英語の問題集を机から取り出して、カバンに入れる。それをこっそり眺めている内に、気が変わった。

「私さ」
綺羅々は誰も居ない前をぼうっと見つめながら、半ば独り言のように呟く。
「男に産まれりゃよかったよ」
「…」
原は手を止めて、わかってる、といった表情で綺羅々を見下ろした。

重ったるい、赤い夕陽が教室を染めている。遠く幽かに、電車の音が響いてきた。


over

暗殺教室107感想&だから言ったじゃん!!

応募総数、2548票(うろ覚え)…
これは…ネタにも出来ないよ惨めすぎて…
思えばキャラ一人につき一枚応募券必須と言ったら、ソレを手に入れるため買わなきゃならない雑誌代+ハガキで投票を行うために必要なお金は300円余り。暗殺教室のよーな群像劇系のストーリーではどうしても推しキャラが複数人出る。もし一人に絞りきれなくて好きなキャラ全員に投票しようと思ったら一千円くらいにはなってしまう計算だ。
このご時世にね、そんなバブリーなことが出来るファンばっかりじゃないでしょって話。ひとりに絞りきれなくて、じゃあ投票止めるわってなったファンだって大勢居たはず。応募券制にするのであれば、それ一枚で三人くらいには投票出来るようにするべきだった。
何を、欲を出してるんだ。そんなアコギな真似するのは、どこぞの大量生産型アイドルグループだけで充分だ!学生も多いファンのことを考えて、誠実ににやれ誠実に!!
ああもう、腹が立つ。

イトナ君がベスト15入り出来たのは素晴らしいです、おめでとう!仲間になってから半年経たない新参者で、カップリング萌え出来るステディさんも居ないのに、この結果は凄い!そうそう、君は単体だってこんなにも素敵なんだ。それと、こんな酷すぎる投票法でもこの子に一票入れようと思ってくれたファンが私の他にも43人もいたってことが純粋に嬉しいっす。一人じゃないって~、素敵なことね~♪ってな。
…「寺坂より上だから良しとしよう」、って、君本当に寺坂くんのこと大好きなんだな。全くけしからんもっとやれ。

愚痴ばっかりじゃいけないので、以下、軽ーく107話感想です。シモ注意。

まさか暗殺教室で房中術という単語を目にする日が来るとわ。幼いイリーナとロブロの奥様・オリガさんの、女同士あれやこれや想像しちまったじゃねえか畜生。
それはいいとして、血の記憶を忘れるために血の記憶を日常にするってのは、なるほどと思ったけどどっちにしろ人生は狂わされてしまうという…104話感想で私がボロクソ言ったような単純なお話ではなかったのですね…イリーナ先生、ごめんよ。
瓦礫に埋もれたイリーナ先生を見捨てて死神を追おうとする烏間先生を、説得したのは恋敵?の倉橋ちゃんでした。

「きっと大人になる途中で大人の欠片を幾つか拾い忘れたんだよ!」

こんなこと言ってくれる中学生いないよー。おねいさん泣いちゃう。
倉橋ちゃん、君はきっと良いオンナになれる。
でもイリーナ先生は、生き残れるかもしれないけれどE組には戻ってこないかもしれないな、と思いました。どういう事情にせよ、生徒たちを裏切ったのには変わりないし、生徒たちが許しても自分自身が許せないだろうし、殺し屋としてのプライドも思い出してしまったわけだし。
そして、死神がモニターをみたら牢屋がもぬけの殻っ!三村、何をしたー???

ヨソ様で天井に貼り付いてるって説があって、確かにそれかなと思うけど、だとしたら手錠はどうしたんだろう…?

日常ちょこちょこ

八月にうっかりお台場に連れてったのをキッカケに、かーちゃんが東京見物にハマってしまった。この連休ではディズニーランド、近々浅草にも行くと云う。一人で行けと言いたいところだが、断ると絶対機嫌悪くするしなー。しかもかーちゃん、新幹線派やねん。隙あらばカネ使うねん。コンタクトとか定期とか仕方のないモノ以外で月に二万も三万も使うの嫌なんだけど。少ないお給金で一生懸命将来のこと考えて貯金してるのに…どうしたもんかなあ。

ちょっと整理してなかっただけで迷惑メールフォルダがスゴいことに。「五百万であたしと※※しませんか」鏡見ろやいオカチメンコ(顔知らないしオッサンかもしれないけど)。ついでに俺は女だっ!!(竜之介ちゃん風に)

暗殺教室(イト寺):寺坂、頭をよくしてあげよう

腐向け、楽曲パロ。ギリッギリブログにも載せられるくらいにはお上品。一応付き合っている設定。需要はありそうなのに供給が全くないのが不思議なイト寺。自分はぼおいずらぶド下手なんだけど、これを読んだ腕に覚えのあるどなた様が「こんな下手っぴに任せてはおけーん!」と発奮して下されば…とかなんとか。


デートみたいなものと言いつつ、互いに金も無いし受験生と云うこともあって、二人で会う時は大抵、図書館やら公園やらの街中津々浦々で教科書と睨めっこすることになっていた。今日は寺坂の家族がたまたま留守だと言うので、奴の家に上がり込んで、買ってきた菓子パンやら炭酸飲料やらをお供に数学のドリルを解いていた。早々に課題を終えてしまった俺は、専ら寺坂が解らないところを教えることに専念していた。
「この問題は、こっちの数式を使って…」
「こうか」
「違う、最後まで話を聞け。…何で解らないんだ、寺坂のバカ」
あんまり理解して貰えないのに苛立って、つい罵倒が口からついて出る。寺坂はいつもの通り、眉根に皺を寄せて抗議した。
「お前なァ、人のことあんまりバカバカ言うなって言ってんだろ?大体お前の教え方が悪いから。」
「人の所為にするな。…前の、難易度の低い問題に戻るぞ」
俺はドリルのページを少し前まで戻し、基本的な公式などをもう一度丁寧に教え直してやる。
その甲斐があってか、時々コーラで喉を潤しながら、時々髪をかきむしってあーとかうーとか呻きながら、寺坂は何とか解き仰せた。
「正解だ、やれば出来るじゃないか」
からかい半分に拍手などして誉めてやれば、寺坂はフンと鼻を鳴らした。

「お前、よくこんな小難しいの解るよな」
課題が一段落着いて、休憩をとる。如何にも間抜けそうな表情でジャムパンをもふもふとかじりながら、寺坂は言った。
「パズルみたいなものだろ?この程度解らないの、E組ではもうお前くらいのものだぞ」
俺はラジコンのヘリコプターのねじをドライバーで締めながら顔も上げずに返した。顔を上げなくとも、「また言う…」と呟く寺坂が拳を握り締めてぐぬぬと顔をしかめているのは手に取るように解る。そしてその拳が、改造人間としての力を既にもう殆ど失って久しい俺に向けられる可能性はほぼ無いだろうということも。
「…数学とか科学とかは、絶対的なものだからな」
手を止めて、俺は呟く。顔を上げて寺坂の顔を見ると、寺坂は案の定はてな?という表情をしていた。俺は続けた、
「変わったり壊れたりしない。答えが決まっている。…ヒトと、違って」
親父もお袋も、友達だと思っていた奴も、みんな俺の元から去っていった。それについて俺は責める権利を持たない。責める気もない。人間ってのは、そういうものだ。
…だが、本当にそう、諦めきっているなら、どうして今、それをコイツに言う気になったのだろう?
遠回しにヒトを、自分を否定する言葉を俺に投げつけられた寺坂は、困ったような顔をしていた。
「…変わらないもんだって、あると思うが…」
寺坂は、コイツらしからぬ小さな声でぼそりと呟いた。
「…本当にお前は、バカだな。犬以下」
俺はため息をついて言う。
「だぁらっ、バカって言うなっ!!犬以下ってなんだ!!」
寺坂は怒って拳を振り上げた。俺ははいはいと幼児をあやすかのようにそれをかわした。
寺坂が、そう言うのは解りきっていたことだった。
コイツはバカだけど、本当に優しい。本当にコイツなら、例え地球が終わっても俺から去らないでいてくれるかもしれない。…そう、信じたくなってしまう。
「絶対的なものが欲しいなら、俺がやるし」
寺坂は、当たり前、と言った調子であっけらかーんと言った。
俺は椅子から立ち上がって、寺坂の目の前に立つ。
「…何だよ」
寺坂は怪訝そうに訊く。
「寺坂、キスしようか」
俺は座ったままの寺坂を見下ろして淡々と言う。
「はあ?何を唐突に…」
答えを待たず、余計な発言を許さず、俺は身を屈めて寺坂の唇を性急に奪う。
角度を変え、何度でも重ね、徐々に深くなっていく口づけ。速度を増す寺坂の鼓動と、水音だけが俺の聴覚を満たしていく。
時間も、酸欠も気にならない。ただただ、コイツの体温を感じていられればそれで。
一分もやっていたら苦しくなったのか、寺坂は俺の肩を掴んで引き剥がそうとする。俺は仕方なく離れてやった。濡れて光る糸だけが、未練がましく二人の間を繋いでいる。
「何だってんだ、一体…」
寺坂は口元の唾液を手の甲でぬぐい去る。それで糸は、呆気なく切れて下に落ちた。
もう少しくらい、名残惜しそうにしてくれても良いのに。
俺はつい、今より多くを望んでしまいそうになる。
寺坂は俺より随分背も高い、体格も良い。寺坂が座っていてくれるから、俺が優位にも立てると言うのに。
「あ、勉強ばっかやってて飽きたとか。『休む』か?」
寺坂が後ろの寝台に走らせた視線で、その言葉に隠された意味を知る。まあ、そうしたいのは山々なんだが。
「早い内には帰ってくるんだろ、親」
代わりと言う訳でもないが、俺は寺坂の首に腕を回して抱き締めた。寺坂の耳元で、俺は囁く。
「寺坂、頭を良くしてやる」
「はぁ?」
寺坂はまた、言った。
「おめー、失礼って言葉知ってるか?」
寺坂の顔は見えないが、声の調子から多分、顔を怒りのあまりひくひくと引き攣らせているに違いない。寺坂は、俺の腕をそれでも振り払うことはしない。それを良いことに俺は続けた、
「数学と英語なら人に教えられるくらいには自信がある。その他も…まあ、お前よりは出来ると思う。だから、一緒に居る内に教えてやる。どんなにお前がバカでも、我慢して教えてやる」
「バカバカうっせーっての…」
もう反論するのも面倒くさい、といった調子で寺坂はため息を吐いた。

優しい寺坂、俺の命を救ってくれた寺坂、俺がどんなにかお前のことが好きか、お前は解らないだろう。
でもきっといつか、恋にも終わりが来るものだ。その時、お前に少しでも俺がひととき、一緒に過ごした証が残るように。また一人になっても、俺が生きていけるように。

窓の外では、晩秋の色濃い黄昏が、街を染め始めていた。

over

物書きもどきが何か言ってる

碧洋、大口叩いたけど筆が乗らないー。でも、愛読者さま方と約束したんだから書かなくちゃ。
渚カエのモンスターが意外に評価が伸びなかった。これは伸びるぞ、と思って書いたものが伸びなかったり、テキトーに書いたものが大好評だったり、何がウケて何がウケないのか見極めが難しい。ただ一つ言えるのは、千速とよろずカップリング複合型は人の興味を引けるのかなあ、と。あまり読んでもらえなくてもイトナ君(彼を含めた寺坂グループ)を書くことだけは止められないんだけどね。ややマイナーキャラだろうがカップリング要素がなかろうが、ウデさえあれば読んでもらえる作品もあるのだと最近解ったので、頑張って精進しなければ。その前に夜中にこそこそキーボードを叩かなくても済むように、早く正社員にならなくちゃ。

来週、人気投票結果発表らしい。カラー無し。人気マンガ(…だよね?)のそーゆーイベントでカラー無しは、あんまり無いことなのだとか。あんまり、投票数伸びなかったのかなあ。まあ、実質応募券必須じゃねえ。実写化、アニメ化の目白押しであちこちのメディアに引っ張りだこで、松井先生はカラー原稿なんか描いている時間がないのだと、好意的に解釈しておこう。しかし、それにしても暗殺教室のメディア展開の仕方は何かズレていると言わざるを得ない。

車窓からヒガンバナが咲いてるのが見えました。そっか、その季節だよなあ。一番好きな花はヒガンバナとマムシグサなんだけど、それを人に言うと厨二病てな目で見られるので普段は桜とか、と言っている。

暗殺教室(寺坂グループ):中三男子は腹が減る!

愛すべきアフォ男子共の繰り広げる、青春バカ話。



「昼前のオヤツにピザ頼んで食おーぜ」
一時間目が終わった休み時間、いつもの五人で集まって駄弁っていた時、寺坂が言った。
「…いきなり何を言い出すかと思えば…」
「放課後に毎日タダラーメン食っててもまだ足りねえのかよ…」
「ただでさえ無駄にデカいのに、横にまで広がったら一体どうなるのか…」
「このっ、ピザ野郎!」
仲間たちから口々に呆れ果てたというような反応が返ってくる。
「誰がピザ野郎だ!…何だよ面白いと思ったのに。あのタコの目を盗んでどれだけのことがやれるか、暗殺訓練にもなると思うぜ?」
寺坂が諦めきれないように言う。
暗殺訓練、はこのクラスにおいては魔法のワードだ。その言葉をきっかけに仲間たちの目が明らかに変化した。
「そうだな…殺せんせーの弱点や気づかれにくい部分の再確認にもなるか…」
「原じゃねーけど、毎日あんなハードな訓練してると腹減るんだよなー、確かに」
「ピ○ーラのハワイアンクオーターなら頼んでも良い」
寺坂に呆れた反応を返しながら、実のところは恐らく、教師の目を盗んで些細な悪戯をする、という計画が彼らの厨二心をくすぐったのだろう。基本的に小規模な悪事をするのが大好きな奴らである。しかも成功すれば小腹を満たせる美味しいご褒美まで手に入るのだ。
「くっだらない、私パスね」
狭間が野郎どもに背を向けて、分厚い文庫本を開いて読みだした。
「なんでぇ付き合いの悪い」
寺坂が言うのに対して、村松がやや庇うように言った。
「小食だからな。」
「で、どうすんだよ。今から電話する?ていうか、学校に届けてくれっつって来るもんなの?」
吉田が訊いた。
「どちらにしろ今日はやめた方がいい。まずは計画を立ててからにしよう」
イトナが冷静に言った。
「だな」
四人の意見はそれで纏まった。

「じゃあまず、決行時間だ。暗殺訓練にならないと意味がねえし、オヤツにちょうどいい三時間め前の休み時間に食えるように、二時間目の途中の十時に届けてもらう、で良いか?」
寺坂が言う。
「ちょい待ち、明日の二時間目、訓練じゃねえよな」
吉田がスマホを取り出して授業予定表を確認する。
「…数学。おあつらえ向きだ。」
「よし」
寺坂が満足げに頷いた。
「で、届けてもらう場所は、どこにするべ」
「この山道…バイクで登んのはしんどいだろ…」
村松が窓の外を見やる。
「無理だな、山道っつーか獣道だもん」
「山の入口はどうだ?」
イトナが提案する。
「本校舎の校門前ということになるが」
「そりゃマズいだろーがよ」
村松が言った。
「だってあの理事長が随時見張ってんだぜ?モニターで。あのオッサン他にやることねえのかよ」
「反対側の入口は?確か、山の周りぐるーっと回ってくと駄菓子屋があったはず」
吉田がポンと手を打った。学校周りの地理にはまだ疎いイトナ以外の三人は、おお~、と頷いた。寺坂が言う、
「っしゃ。じゃあ、それを目印にして…」
しかし全部は言わず、途中で言葉を切って考え込んだ。
「あの山道一キロを往復…一体何分掛かるんだ」
他の三人も、うーんと唸って首をひねる。
「上り下りだしなあ。ただ行って来いするだけでも八分ちょいってとこか…」
「『ウ○コ』で通すにはちと長いな…」
「あのタコ、絶対トイレまで様子見にいくぜ」
「それを何とか食い止めるのが実行犯以外の仕事だろ」
「そうは言ってもよ…あ」
村松が、何かを思いついてイトナに訊いた。
「おい元改造人間、お前昨日の100メートルの結果どのくらいだっつってたっけ?」
イトナはちょっと顔を顰めたが、答えた。
「その呼び方止めろ。…確か、9秒18だった」
「…すっげ」
「ウサイン・ボルトより速えじゃん」
フツーの人間ではほぼ有り得ない記録に、感嘆する面々。しかしイトナは首を横に振る。
「…でも日に日に遅くなっている。何とかある程度のところで食い止めようと訓練しているんだが…」
「…充分じゃね?」
「とにかく今はそのくらいで走れるってことが重要だ。100メートル9秒ってことは単純計算で180秒。山道だってこと、疲労、ピザ受け取るのに必要な時間、そんなものを加味しても…五分は掛からないな」
吉田が計算しながら言った。村松が笑う。
「ションベンでも通用するな」
「おめー、何リットル出してんだよ。…まあそれは置いておいて、それじゃ実行犯はイトナで良いな?」
「さんせーい」
全員が賛同し、話が纏まったかに見えた。しかし、今度は実行役にされてしまったイトナが疑問点を上げる。
「でも十時きっかりにピザ屋が到着するとも思えないが。来てから俺が行くことになると思うが、来たかどうかはだれがどうやって調べるんだ?」
「おいおいおい、他でもないお前さんがそれ訊くのかよ」
イトナの問いに対して、吉田が大仰に呆れたという表情をする。
「何のために毎日ちまちまコツコツ、糸成号を組み立ててんだよ」
「…まさか」
寺坂がその『まさか』を答えた。
「お前が授業中にこっそり偵察ヘリ操作して、調べればいいじゃねーかよ。」
イトナは三人をちょっと睨むようにして見る。
「…最近お前ら、俺に頼り過ぎじゃないか?」
「命救ってやっただろー?細けーことは気にすんな!」
寺坂がイトナの背中を叩いた。
「…いざとなった時に全責任俺に押し付けて逃げるなんて真似したら、タコの忠告なんて関係ない、元改造人間の力駆使して殴り飛ばすからな」
そして、いくつかの不安要素は残しつつも、今度こそ計画は成立したのだった。

次の日、一時間目の休み時間。殺せんせーが次の授業の準備をしに教室を出ていったのを見計らって、寺坂組男子たちは集まった。
「意外と遠かったぞ、駄菓子屋」
イトナが言って、他の三人に画像が見えるようにコントローラを操作して見せた。液晶には、駄菓子屋とその周辺の民家が数軒、上空から見下ろしたような景色が映っていた。
「相変わらずすげえな」
村松が言う。
「後でどう作ったのか教えてくんねえ?」
吉田も訊いてくる。イトナは、いつも見開いた無表情の瞳にほんの少しだけ得意げな色を覗かせた。
「よし。じゃあ、注文すっか。今から電話すりゃ、十時には届くよな。」
寺坂が言う。吉田がスマホを取り出して、ピザ屋に掛ける。
「あ、もしもし、ピザの宅配頼んまーす。時間は十時、場所は椚が丘中学校裏手の『夕日屋』前で…種類?えーと、ハワイアンクオーターだっけ?はい、はーい、よろしく」
吉田が通話を切る。そして、驚いたように呟いた。
「ホントに注文受けたよ…」
「向こうも商売だしな。松来軒(ウチ)はやらねーと思うけど」
「後は取りに行くだけだな。イトナ、頼んだぜ」
肩を叩いてくる寺坂に、少々複雑な表情を浮かべながらもイトナはこくりと頷いた。

始業のチャイムが鳴る。引き戸が開いて、殺せんせーが戻ってきた。

四人の、史上最高にろくでもなくてわくわくする戦いが始まった。

「微分というものは実は日常生活にありふれていまして、例えば皆さんの身長や体重など変化するものの単位時間当たりの変化率など…」
殺せんせーが黒板にチョークで数式などを書くために生徒たちに背を向けるその時々を見計らって、イトナは身をかがめて机の下でリモコンを操作して映像を見る。
九時五十分。夕日屋の周りにはまだ、人影はない。
前の席で吉田と村松が何かを渡し合いながらごにょごにょ喋っている。村松が振り向いて、寺坂に小さなスプレー缶と思しきものを手渡した。
あんな目立つことして、バレたらどうするんだ。
イトナが思っていたら、今度は寺坂が、右からそのスプレー缶と、小さなメモ書きを渡してきた。
『消臭剤。ピザにかけろ』
ああ、とイトナは合点した。
殺せんせーは鼻が利く。匂いでバレるのを防ぐためだろう。
でも、こんなものをたとえ外箱からでもたっぷりかけたピザを食うのは嫌だな、とぼんやりリモコンを覗いていたら、教壇からチョークが飛んできた。…寺坂に。
「こら寺坂君、授業はまじめに訊いて下さい!」
大柄な身体を硬直させて冷や汗を垂らす寺坂に対し、イトナは安堵の息を吐く。
良かった、ばれてない。
その時。リモコンの液晶から見える景色に変化があった。画面の端から赤と白で彩られたバイクがすーっと走ってきて、駄菓子屋の前で停まった。ピザ屋だ。
イトナは偵察ヘリを急いで山道の入口の木の陰に着地させ、リモコンを机の奥深くに滑り込ませて大仰に身を屈めた。
「ど、どうしましたイトナ君!」
直ぐに気付いた殺せんせーが、マッハ20でイトナの席にやってきた。
「腹が痛い」
イトナは呟いた。

「そう言やぁ、あのタコはトイレに行かせてくれるだろうよ」
それが寺坂の策だった。イトナも同じように思ったから、その通りに言ったのだ、が。

「なんですって、それは大変!!触手細胞の副作用かもしれない、すぐ医務室へ行きましょう!!皆さんちょっと自習しててください!」
なんと殺せんせーは、文字通り顔色を真っ青にして過剰なくらい心配しだした。しかも触手でイトナの手を取って甲斐甲斐しく席から立たせようなどとするもんだから、三人は慌てふためいた。
「あっ!あー…イトナ、おめー、松来軒の賞味期限切れチャーシューあんなに食うから。殺せんせー、食あたりだと思うから、ほっとけよ」
寺坂がちょっと哀れになるくらいに冷や汗たらたらでたどたどしく嘘を吐いた。
「おい!なんつーこと言うんだ、いくら俺んちがマズいっつっても客にそんなもの出さねーよ!!」
寺坂の言葉を聞いて村松が額に青筋立てて怒鳴る。それはそうだろう。ただでさえ売れないラーメン屋が、「あの店は賞味期限切れの食べ物を出すらしい」などと噂になったらどんなことになるか。
吉田がそんな村松を必死で止める。
「ウソも方便って言うだろ…」
しかし、そんな吉田のスマホが派手な音を立てて鳴りだした。おそらくピザ屋だ。吉田は慌ててスマホを切る。殺せんせーは吉田に「携帯は切って置きましょうね」と一言注意しただけでまたイトナに向き直った。
「でも正確な原因はわかりませんし…せめてトイレ前まで送ります」
タコおおおおぉぉぉぉぉぉ!マジかあああああぁぁああああ!!
考えていた以上にずっと心配性でお節介だった殺せんせーに、三人は驚愕する。
しまった、早くも万事休すだ。
頭を抱える三人に対して、救いの手が差し伸べられた。男共の目論見にもイトナの仮病にも気づいている狭間が、淡々と黒板に書かれた内容をノートに取りながら言った。
「私らくらいの年の子が、特に下してるとかそんな関係のことでそこまで過剰反応されるって、相当うざったくて恥ずかしいと思うわよ。大丈夫だって言ってんだからほっといたら?」
「にゅやッ…そうなんですか?」
殺せんせーが訊く。狭間はさらに続けた。
「生徒に嫌われたいってんなら止めないけどねー」
その言葉がかなり利いたらしく、殺せんせーはしゅんとなって、とぼとぼと教壇に戻った。
「何かあったら、先生の携帯に掛けるんですよ」
ようやく解放されたイトナは、おなかを押える演技をしながら、教室を飛び出していった。その時寺坂の机にさりげなく、小さな紙切れを丸めたものを落としていった。
「狭間、恩に着る!!」
自分に対して拝むように手を合わせる男共三人に、狭間はクールに返した。
「…次はない。」
寺坂が机の上に置かれた紙切れを開いてみると、そこにはこう書かれていた。
『くだらないことさせてくれたな。ピザ代はお前ら三人で持つくらいしてくれないと割に合わないぞ』
あの野郎、どさくさに紛れて。
寺坂は苦い顔をする。
でも、仕方ないか。負担度を考えれば、それくらいの優遇は妥当かもしれない。
とにかく、早いとこイトナが戻ってくるのを待つしかねえ。
寺坂は前を向き、再び始まった殺せんせーの話をノートに書き取り始めた。

全く、こんなバカな計画に乗るんじゃなかった。
イトナは深いため息を吐きながら、人間離れした速度で山道を下っていた。誰かに見られたら、天狗か新種の生物かと思われるかもしれない。それでも構わず、今の自分に出せる全速力を出して、一分ほどで山のふもとにたどり着くと、そこは…見知らぬ住宅街だった。生い茂る木の根元に視線を落としてみるが、オレンジ色のヘリは当然ながらどこにもなかった。
「…あれ?」
イトナは小さく首を傾げた。

「あいつ、そろそろ着いた頃かな…」
吉田が半分独り言のように村松に言った。村松は、チャーシュー云々のことでまだぶつぶつ言っていた。吉田は返事をもらうのを諦めて、黒板の方を向いた。

確か…この方向に行けば駄菓子屋に出られると思ったんだが。
イトナは考える。そうこうしている内に時間はどんどこ過ぎていく。ピザ屋が到着してから大分時間が経ってしまった。最悪悪戯だと思われて、帰ってしまうかもしれない。
イトナはスマホを取り出し、メールを打つ。
『歯医者とケーキ屋が並んでる所に出たんだが、ここからどっち回りに行けば駄菓子屋に着く?』
送信ボタンを押して、五秒、十秒、二十秒。返事はない。そして気づいた、
そう言えば、あいつ電源を切っていたな。
やっとそれを思い出した自分と、マナーモードにしなかった吉田に腹を立て、イトナはスマホを乱暴に制服のポケットにしまう。せめてコントローラーを持ってくれば糸成号で場所が解ったかもしれないのに。
一番手っ取り早いのは、あのケーキ屋で物憂げに店番をしているなかなか良いプロポーションをしたお姉さんに道を訊くことだろうが…非常に悪いことをしている真っ最中なので、あまり目立つことはしたくない。
イトナは振り返り、今自分が下りてきたばかりの山道を見上げる。
面倒だが、街の景色が見えるくらいの高さまで戻るしかない。

「おせえな、イトナ」
寺坂が教室の前の壁に掛けてある時計を見ながら呟いた。
もう五分は経っている。何かあったんだろうか。
殺せんせーが、黒板に公式を書く触手を止めて、心配そうに呟いた。
「イトナ君は、大丈夫ですかねえ…」
それをきっかけに、ほんの少し、教室内がさわさわしだした。
「便所で頑張ってんなら、そのくらい掛かるだろ…」
村松が言う。
「そうですかね~…」
殺せんせーは完全には納得していないという顔(多分)で、続きを書き始めた。
吉田がその隙を見計らって、スマホを隠しながら電源をつける。液晶がのんびりと機種のロゴを映し出したりウイルススキャンを始めるのももどかしく、メールボックスを開いてみると…三分前にイトナからメールが来ていた。それを読んだ吉田は真っ青になった。
慌てて「右に行け」とだけ打って送信したが、どうだろう?もう遅いかもしれない。
吉田が顔を上げると、そこにはいつの間にやら殺せんせーが立っていた。
「イトナ君ですかっ?!!」
びっくりして椅子ごと後ずさる吉田に構わず、殺せんせーは携帯を取り上げた。

吉田からのみならず、村松、寺坂の顔からさぁーっと血の気が引いた。

山の中腹くらい、良く目立つ高い一本松に登ろうと、一番低い枝に手を掛けたイトナだったが、ポケットの中のスマホがぴろりんと軽やかな音を立てたので、急いで取り出して開いてみる。
吉田:『右に行け』
…遅いんだよ。
舌打ちをしながらもイトナはスマホをしまい、登ってきた道を急いで駆け降りた。
なんでピザごとき食べるのにこんな要らない苦労をしなければならないんだ。

「あーっ、窓からでっかいスズメバチ!!」
村松が叫んだ。殺せんせーがそれに気を取られた瞬間、吉田がスマホを奪い返し、イトナとのやり取りのデータを消した。
「スズメバチなんかいないわよ?」
片岡が怪訝な顔をして言う。
「ねえ」、と互いに顔を見合わせる窓際席の女生徒たち。
「いっ、今入って出てったんだよ!!」
寺坂が頑として言い張る。
「…」
教室内に、奇妙な空気が流れ始めた。
何か、変だぞ。
殺せんせーも同じことを思ったらしく、再びもぎ取る様にして吉田からスマホを奪い取り、開く。そこには年頃の男子にとっては思いっきり恥ずかしいであろう待ち受け画面が映し出されていた。殺せんせーの表情が緩んでピンクになった。
「青春ですねえ」
それは、弁当のおにぎりを幸せそうに頬張る原を、こっそり隠し撮りした写真だった。
本来なら、いや今も紛れもなく、死にそうなくらい恥ずかしい状況であるが野望(ピザ)のためだ、この際そんなことは言っていられない。これで殺せんせーがいつもの小説用ネタメモを取り出して書き留めるなどして、今のことを忘れてくれたら「原、恩に着る!」なのだが…
しかし殺せんせーは、それはそれこれはこれ、と言った様子で顔色をいつもの黄色に戻し、吉田を問い詰めた。
「右に行けって、何ですか?」
「…」
三人の背中を、蝦蟇のように、たらーりたらーりと冷や汗が流れ落ちた。

駄菓子屋が見えてきた、と安堵するのも束の間、ピザ屋のお兄さんがバイクに跨ってどうやらエンジンをかけ始めたのを遠目で見て、イトナは人目も憚らずラストスパートを掛ける。
人類に有るまじきスピードで走ってきた学生服の少年にびっくりしながらも、お兄さんは笑顔でバイクから降りた。
「もう来ないと思ってましたよー。」
イトナは小さく謝ってから、三人からカンパした野口三枚と引き換えに、ピザの入った平たい箱と小銭数枚の釣銭を受け取った。ピザ屋のバイクが発進するが早いか、イトナはヘリコプターも回収して、大急ぎで山道を駆け上り始めた。
流石に息が切れてきた。給料貰ってもいいくらいだ。

イトナが学校の裏手、雑多な灌木が生い茂る場所から抜けた時。
「!」
目の前に、顔色を真っ赤にした殺せんせーがしゅたんっと降り立った。長く伸ばした触手の先に何かぶら下げている。寺坂、村松、吉田の三人が、触手に巻き付かれて目を回していた。殺せんせーは言った。
「随分元気そうに動きますね、お腹が痛いはずのイトナ君」
「…」
「さあ、何をしていたんですか、君の口から白状してください。しらばっくれても無駄ですよ、この三人はもう話してくれましたからね」
しらばっくれるも何も、ピザの箱なんか持っている時点で言い逃れなんてできないだろう。
「…すいません」
イトナは深く息を吐いて、神妙に頭を下げた。殺せんせーは三人を地面に下ろして開放する代わりに、イトナからピザを取り上げた。紙製の外箱ごとバリバリとピザを食べながら、殺せんせーは怒った。
「青春を謳歌するのは結構ですが、学業をおろそかにしてはいけません!!ピザは没収、罰として君たち四人、宿題を3倍にします!!」
「…全く、バカね」
教室の窓からその様子を眺めていた狭間が、呆れたようにため息をついた。

放課後、松来軒のカウンター席にて。
「やっぱりよぉ、マズくたって何だって、安くて速くて確実に食えるここのラーメンが一番だよなぁ」
寺坂が数学のドリルと格闘しながら言った。まあ、ピザには何の罪もないのだが。
村松は厨房で麺の湯を切っている。
「マズいは余計だ。…事実だけど」
「いいから大人しく勉強しなさいよ、クラス三大バカと元不登校児は」
狭間が烏龍茶を啜りながら言った。
横では吉田とイトナが数学の、自分の得意なジャンルを教え合っている。
寺坂は出された醤油ラーメンのスープをすすり、顔を顰めた。苦くてしょっぱい、青春の味がした。
「うあーマズい、もう一杯!」

over

暗殺教室(渚カエ):MONSTER

魔物パロディ。人の魂を食らう悪魔な渚と、孤独なお嬢様・カエデ。題名は勿論、嵐の楽曲から取りました…が、予想GUYに暗くなってしまった。漫画:チキタ☆GUGUを少し参考。



十二時を少し過ぎる頃。
月明かり、草木眠る頃。

ギィ…と音を立てて、鍵を掛けていた筈の窓が開く。頬を撫でる冷たい風で、カエデは目を覚ます。
何度か瞬きをして、意識をはっきりさせる。次第に暗闇に慣れてきた目が映し出したのは、窓枠に立て膝をついて座る異邦人の姿。風に煽られて、黒いマントがはためいている。彼が背負う、月明かりの逆光のせいで彼の表情は伺いしれない。しかし、カエデは満面の笑みを浮かべてベッドを飛び出し、彼の元へと駆けていった。
「渚!」
渚と呼ばれた少年は、絨毯の上に身軽に飛び降り、走ってきた少女の華奢な身体を受け止めた。
「カエデ、会いたかった」
渚はカエデの背中に腕を回した。カエデの首筋から、ふわりと甘い香りが立ち上った。
彼女の香りは、ここのところどんどん強く、芳しくなってきていた。今がまさに食べ頃、まさに旬。
胃袋から脳髄を支配しようとする凶暴なまでの空腹感を、渚は慌てて抑え込み、にっこり優しいいつもの笑顔を取り繕ってみせる。
カエデも、渚が笑ったのをみて釣られるようにして笑顔になる。
しかし、月明かりに照らされて、はっきり見えた彼の顔を見て、その笑顔は少し曇る。
「渚、また顔色悪いよ。ちゃんとご飯食べてる?」
そのご飯は、彼女自身や彼女と同じ年頃の、若い少女の魂なのだが。
カエデは、そんなことを知る由もなく渚のことを心配する。
渚は苦笑して首を横に振った。
「僕は悪魔だよ?ご飯なんてひと月食べなくたってへっちゃらだよ」
「…」
それでもカエデは、悲しげな顔をする。
参ったな、そんなにひどい顔してるかな。
渚はカエデの化粧台にはめ込まれた、花模様の縁取りがオシャレな鏡を横目でそっと盗み見てみる。そして言葉を失う、これは酷い。
青白い頬、目の下には色濃いクマ。まさに悪魔然としている。こんなにおっかない人相じゃ、新たな獲物を捕まえようにも、逃げられてしまうだろう。
カエデは暫し、腕を組んで考え事をしているみたいだったが、やがてポンと手を打った。
「お昼に作ったチョコレートプリンがあるんだった!それ一緒に食べよう?」
渚はからかい混じりに言う。
「この時間に食べるの?僕は兎も角、カエデ太るよ?」
カエデは頬をリスのようにぷうと膨らませてむくれた。
「し、失礼ね。渚が食べるのに付き合うだけだもん!」
そう言いつつ、ウェディングドレスみたいに真っ白なネグリジェを翻し、部屋を出てパタパタと階段を降りていく。
「冗談だよー!」
渚はその小さな背中に声をかける。
彼は暫く、フフフと楽しそうに笑っていたが、次第にその笑みはすうっとフェードアウトしていった。

こんな僕のことすら心配してくれるカエデの優しさに、暖かな笑顔に、心地いいとすら感じている自分が居る。僕はどうしたって闇の中でしか生きられない生物なのに。人間の女の子なんて、自分に恋させてエネルギーの高まった魂を頂く、悪魔にとっては餌にしか成り得ない筈の存在なのに。

…魅せられては、いけないのに。

考えているうちに、カエデは戻ってきた。カエデは両手にプリンの盛られたグラスを持って、幸せそうに笑っていた。

「嬉しそうなのは僕が居るからかい、プリンが食べれるからかい」
そう訊いてやると、カエデは渚の隣、窓枠に腰掛けながら答える。
「両方!!」

禁断の夜のおやつを食べながら、話は弾む。根っからのプリン好きだと云うだけあって、カエデの作ったチョコレートプリンは悪魔の舌にも美味しかった。悲しいことに、渚を飢えから救い身体を保つ栄養分にはならないのだが。
カエデはさくらんぼみたいに愛らしい唇から、マシンガンのように次から次へと色々な話題を繰り出す。
庭に咲いた美しい赤いバラの話、味見をするのが好きすぎてシチュー鍋を半分空けてしまうばあやの話、そして…めったに会えない両親の話。

「お仕事だから、仕方ないのはわかってるんだけどね」
カエデは少し目を伏せて言う。
「でも、寂しくないよ。渚が毎晩来てくれるから」
カエデはにっこり、満面の笑みを浮かべて渚に微笑みかける。
渚の表情が、悲しそうに少し歪む。
「…僕は、悪魔なんだよ…?」
渚が獲物の少女にその正体を知られるのは、決まって彼女を喰らい殺すその瞬間だった。何故か目の前のこの少女には、何を餌としているのかは明かしていないが、自分の正体についてはとうに教えてしまっていた。それでも彼女は、渚を受け入れた。そして今もそれは、変わらないらしい。

「渚は優しい悪魔だから。大丈夫。」

拒絶や絶望の代わりに寄せられたのは、絶対的な信頼と微笑みだった。

人間が日々パンを食らうのと同じ、そこには腹が満たされる満足感はあるものの、何の感慨も感傷も湧かない、当たり前の行為だった筈だ。

仕方ないじゃないか、どうしたって腹は減るんだ。ヒトも、悪魔も。

ヒトを獲物とするように作られた自身の存在を、罪に思う必要は、ない。

「でも、もし渚が怖い悪魔でも」
カエデがまた口を開いた。
「渚にだったら、殺されても食べられても構わないかな、なんて」
カエデはそう、はにかむように言って、笑う、また微笑う。
それから真っ赤になって顔の前で手をぶんぶんと振る。
「ご、ごめん、今の無…し…?」
恥ずかしがってまくしたてるカエデの言葉は、途中で渚に遮られてしまった。渚が腕をカエデの背中に不意に回し、カエデの顔を強く胸に押し付けたのだ。

「渚…苦しいって…」

カエデが小さく呟く。そんな声でさえも愛しくて、渚はカエデが苦しがるのにも構わず、彼女を抱きしめる腕に力を込める。

「ごめん、ごめんね」

カエデの自分より一回り小さな身体は、柔らかくて温かだった。そして、今が旬と声高に叫ぶように、甘美な香りを纏っていた。
簡単なことだ、そのまま鋭い爪で首筋を切り裂き、血に染まった身体から離れようと足掻く青白い魂を、捕まえて喰らえばいい。

…でも、もう少し彼女と一緒に居たい。

窓から覗く地平線、森の向こうが淡い金色に染まり始め、小鳥が新しい日の始まりを告げる頃が、二人の別れる時間だった。
何時の間にか渚の腕の中で眠ってしまったカエデを、屠ることも傷つけることもせず、羽の詰まったベッドに寝かせ、窓枠に足を掛ける。そして、意を決して飛び降りる。夜露に濡れた草の繁る地面では、怪我をすることはないが、それなりの衝撃を渚の脚に伝えた。

もう、悪魔らしく空を飛ぶことすら僕には出来ないんだ。

闇の生き物にとっては、命取りに成り得る太陽が昇り切るのを恐れながら、渚はよろよろと歩く。

薄紅色を帯びたたなびく雲は、見たこともないほど綺麗で、残酷だった。

僕はそれでも…それでも彼女を喰らうだろう。近い内に。明日こそ、いや今夜こそ。僕が僕であるために。しかし。

渚は思う。

その瞬間、彼女だけは、カエデだけは、今まで殺してきた娘たちの誰よりも、優しく殺してあげられたらいいのに。

そう、願うのだ。

over

碧洋の華Ⅱ

Notover今日は凛香ちゃんが正式に海賊になるまで。全体的にコメディタッチ。野郎共がわちゃわちゃしてるの書くの楽しすぎて中々ラブラブ千速にたどり着かねー。
私が村松くんを書くと、どうしてだか寺坂君っぽくなりますね…いっそ差し替えるか?とも思ったのですが、寺坂君が料理出来るかわからないし、村狭←イトのシーンを入れる予定があるので…書き分けって、難しい。



国王が、俺達が主にターゲットにしていた敵国と同盟を結び、海賊の取り締まりを厳しくするようになったため、自分たちは昔より随分警戒しながら仕事をしなければならなくなった。俺が彼女を連れてきたのは、彼女の言葉を鵜呑みにしたからだが、果たしてそれだけだったろうか?

「それで、お前お宝じゃなくて女の子連れて来ちまったわけか」
夜明けの迫る、青白い空の下。潮風が凍てつくように吹き付ける甲板で、磯貝は困ったように頭を掻いた。千葉は、ため息混じりに答えた。
「最近は海軍の目も厳しいし…権力者に恩を売っておいたほうが、海賊仲間全体の為にも良いかなと思って…」
「まあ、美しい女性は確かに宝だがな。美術的観点から見て」
菅谷がまるで綺麗な大理石の像でも見るように、右から左からジロジロと凛香を眺め回す。
「肌の滑らかさに育ちの良さが滲み出ている。意志の強そうな瞳、長い睫毛…こりゃなかなかの逸材だ…痛てっ」
村松が菅谷の後ろ頭を叩いた。
「あんまりバカな真似してるとかみさんにバラすぜ。…冗談じゃねえ、俺がどんだけ苦労してやりくりしてると思ってんだ。食う奴が一人増えるなんて俺はゴメンだよ。大体な、海賊ってのは男の仕事なんだ。非力な女なんかに出来る仕事はここにはねえよ。その娘はとっとと海にでもぶち込んで…」
そこで村松は、磯貝が恐ろしく冷たい目で彼を睨み付けているのに気付き、一瞬言葉を飲み込んだ。磯貝は女性・子供を傷付けることを何より嫌っているのだ。村松は慌てて言い直す、
「…手近な港町に下ろして、丁重にお家までお送りするのが良いと思うぞ。」

「嫌よ。」
凛香が、よく響く声で断固として言った。
「私を端金と引き換えに売ったも同然の実家に帰るのも、あの男の側に戻るのも。返されるくらいなら、この場で海に身を投げる。」
「?!じゃあ、貴族の実家とやらとはもう無関係…?俺らを捕まえたり逃したりできる権力を君が持っていると訊いたから、連れてきたのに」
千葉が声を上げた。凛香は千葉の方を向いてきっぱりと言った。
「あれはウソよ。騙したのは悪かったけど。でも、一度くらい自分の意志で生きたかったの」
「何てこったい…」
千葉は頭を抱えてしまう。
世間知らずのお嬢様の、初めての反抗の為に利用されただけだったとは。
よくよく考えれば、貴族…それも海軍将校のお嬢様を略取することが、どれほど危険なことか。彼女が嫁に出てようが勘当されてようが、今回のことは彼女の父親の耳にも入るだろう。娘が海賊に攫われたとなったら、彼らが取る行動は、恐らく…。
「ほら、そんなこったろうと思った。千葉、お前みてーな若造が、勝手な判断で動くとそういう失敗をするんだ。解ったら大事にならねー内にその娘は海に…じゃねえや、実家でもあの船の主人にでも返して…」
「身寄りがない…自由もない…」
イトナがぽつりと呟いた。
「村松、お前は、身寄りも無く飢えて死ぬ寸前だった俺を拾って衣食住面倒を見てくれた。海賊団に口もきいてくれた。…なのに、この娘のことは助けないと言う」
それから、イトナは村松をじーっと見つめた。
「な、なんだよ…」
「生まれで運命が決まるなんて、残酷だと思う…」
イトナはさらに、子猫みたいに澄んだ大きな瞳で村松をじーっと見つめ続ける。
「…」
イトナの言葉で、海賊たちの多くの顔に、悲しげな表情が浮かんだ。海賊たちは、何かしら仕方のない理由を抱えてここに辿り着いた者たちばかりだった。
自分を見つめるイトナの目に、また自分を取り巻き始めた責めるような空気に耐えきれず、村松は叫んだ。
「だーっ、そのデカい目で俺を見るな!文句があんなら船長に直接言え!!」
「ええっ、俺?」
突然話を振られた磯貝は、戸惑いながらも答えた。
「俺は…別に構わないけど…」
大半の海賊たちの顔に、わあっと笑みが広がった。村松は苦々しげに鼻を鳴らしたが。イトナはいつもの無表情に戻り、凛香に対して小さく親指を立ててみせた。凛香は、小さく頭を下げた。磯貝は微笑んで、明るく言う。
「海軍に追い回されるなんて、今更だし。俺らに目を付ける奴らが少し増えたって、俺がみんなを守ってやるさ。」
凛香が千葉の方を見ると、長い前髪のせいで表情は伺い知れなかった。しかし、固く腕を組んで、村松ほどあからさまではないものの、自分を歓迎していないことは明らかだった。

とにもかくにも、凛香はこうして磯貝海賊団の一員となったのだ。

磯貝は海賊たちに言った。
「万が一彼女に不届きな真似をする奴がいたら、問答無用で海に突き落とす。彼女に何か仕事を与えてやってくれ。連れてきた千葉、お前が中心になって面倒を見るんだぞ」

千葉が、凛香を振り返りもせずにスタスタ速い速度で歩く。
「あの、ごめんなさい…」
気まずい沈黙に耐えきれず、凛香が口を開く。
「…」
千葉は、凛香の声掛けに対しても黙ったままだった。凛香が諦めて口をつぐむと、暫くして千葉はため息とともに呟いた。
「磯貝が良いって言ったんだ、仕方ない」
「私をどこに連れてくつもり?」
凛香は、千葉が何かしら喋ってくれたことに安堵してもう一言かけてみる。千葉は短く答える。
「着替えさ。そのナリじゃ何にも出来ないだろ」
凛香はそう言われて自分の着ている白い寝巻を見る。そしてちょっとだけ赤面した、よくもこんな格好で今まで居られたものだ。しかも見知らぬ男性ばかりの海賊団、夫の元にそのまま居るよりも酷い目に遭っていたかもしれないというのに、よくホイホイ付いていく気になったものだと我ながら呆れてしまう。でも、もう後戻りは出来ない。
千葉は船室の中、一つの扉の前で立ち止まり、ポケットから取り出した鍵でそれを開ける。千葉の自室らしい。
所々武器や宝石や衣服が散らばってはいるが、基本的に片付いた小さな部屋に、凛香も付いて入る。千葉は箪笥を漁って、適当な衣服を数枚、凛香に投げて渡した。
「男物しかなくて悪いけど。なるべく早く着替えて」
そう言って千葉は部屋から出ていった。凛香は貰った服を広げて、よく観察してみる。麻の白いシャツ、薄緑の長ズボン、青い上着に真紅のスカーフ。着古されてはいるが、良く手入れされていた。
…でも、もしかしてこれは…。

「…彼シャツ?」
竹林が眼鏡を指で押し上げながら訊いた。
「…千葉は変態だったのか。」
イトナも真面目くさった口調で呟いた。
とりあえず服を着てみた凛香だったが、どれもこれもぶかぶかで、とてもそれで仕事が出来る状態ではなかった。ズボンは三回くらい裾を折りたたんでも床に引きずる状態だったし、シャツは胸元をたくし上げていないとずれてしまいそうだった。
「物語の女にしか興味の無い竹林と、娼婦を胸の大きさで決めるイトナにだけは言われたくない」
千葉は二人に言い返しながらも、凛香のことは直視出来ないでいた。
「直すわよ。針と糸貸して」
凛香が言った。
「直せるのか?」
千葉が訊く。凛香の手は真っ白で綺麗で、裁縫など今までにしたことがない様に見える。
「馬鹿にしないでよ。適当に縫い合わせればなんとかなるでしょ」
危ない…一同は震えあがった。千葉は深いため息を吐く。
「教えるから…一応貸したものだし大事に扱ってくれ」

そして千葉と二人で部屋に閉じこもること数時間。凛香は何とか、貰った一組の服を自分に合ったサイズに作り直すことが出来た。疲弊しきった表情の千葉を伴い鏡の中に映る自分は、もうすっかり華麗な女海賊といった風貌だった。…傷一つ無かった指先は、今や刺し傷だらけであちこち血が滲んでいたが。
「良いな!」
菅谷がニッと笑って言った。それから千葉の肩をポンと叩いた。
「やっと、スタート地点に立ったって感じだよ…」
千葉は弱弱しく呟いた。

動きやすい服に着替えたら、次は甲板の掃除だ。モップを持って船室から出る。と、突如吹いてきた強い潮風に煽られたのか、船がぐらりと横に揺れる。
「キャッ!」
凛香はよろけ、千葉の身体にうっかりもたれかかる。
千葉は操縦室を睨み付けた。操縦室ではハンドルを握ったカルマがニヤニヤ笑っていた。イトナはその傍で白々しく口笛を吹いていた。

何とか甲板の塩やら埃やらを全部拭い去って綺麗にしたら、今度は料理の支度だ。
「全く、食材ひとつまともに切ることも出来ねえなんて、やっぱりお荷物じゃねーか」
村松はぶつぶつ言いながら薄く切った牛肉の塩漬けを葡萄酒に浸していた。
「…口煩いんだ。料理は上手いけど。逆らわないほうが良い」
千葉は凛香に、そっと耳打ちした。二人の横から、びゅっと腕が伸びてきてオレンジの実を一つ掴み取った。
「竹林!」
千葉が驚いて言う。彼は普段、あまり厨房には来ないんだが…
竹林は言った。
「壊血病は怖いから。しっかりビタミンCを摂るんだよ」
そして、持っていたメスでオレンジをスパッと二つに切り分けると、片方を凛香に、もう片方を千葉に渡した。
「お前ら、何こそこそしてやが…あ!!」
二人がオレンジを持っているのを、そして後ろに竹林が居るのを見咎めて、村松は怒る。
「盗み食い奨励してどうするっ!次に陸に着くまで食料買えないんだぞ!!」
竹林は慌てて逃げようとする。しかし入口で、厨房の様子をこっそり伺っていたカルマ、イトナ、菅谷に躓いて派手に転げまわる。村松はそこを逃さず、竹林に掴みかかって乱闘(ただし一方的)に持ち込もうとする。
「こら、お前ら持ち場に戻れ!ちゃんと仕事しろ!!」
磯貝船長がやってきて、温厚な彼にしては珍しく声を荒げて怒鳴った。それで全員、蜘蛛の子を散らすように各々の仕事場へ戻って行った。
「…今、この船どうやって動いてたの」
凛香が千葉に訊いた。
「さぁ…」
千葉が首をひねる。凛香はまた訊く。
「このオレンジ、食べていいのかな」
「風呂に浮かべる訳にもいかないだろ」
千葉はオレンジの厚い皮に爪を立てながら言った。
凛香は、フッと小さく吹き出した。千葉も、やや気恥ずかしげに笑う。
「悪いな、変な奴らばっかりで」
凛香は首を横に振った。
「全然。むしろ楽しいくらい」

その時。
「海軍だーっ!!」
菅谷が叫ぶ声が聞こえた。はっと、二人が振り向くと同時に、ドカーン!!大砲が派手にぶっ放される音がした。千葉は凛香にそこにいるようにと指示してから、甲板へと出ていった。

「ぎりぎり、直撃は免れたよ」
カルマがハンドルを回しながら言った。船から少し離れた海面に、巨大なガレオン船の影があった。
「あんなデカい図体でこんなちっさいフリゲート船狙うとかっ…」
村松が憎々しげに呟いた。
「無理に戦うな、逃げろ!カルマ、東の方向にひたすら進め!イトナは煙玉の準備!」
磯貝が的確に船員たちに指示を出していく。イトナは銃身が太めのピストルに大きめの弾を込め、千葉に投げて渡す。千葉はそれを華麗にキャッチし、引き金を引いた。バーン、大きな音と共に軍艦に放たれた弾は、途中で派手に弾けて海上一面に濃厚な霧を作った。
「こんだけ視界が悪けりゃ追ってこれねーな、流石カルマ御用達の錬金術師」
菅谷が安心したように頷いた、が。
「追って来るぞ」
イトナが望遠鏡を覗きながら言った。確かに、濃霧の中から灯りがぼうっと浮かび上がってくる。それは次第に、軍艦のシルエットを露わにした。しかも、軍艦が進むごとに霧がどんどん晴れていく。
「利かねーじゃねえか!」
村松が全力でカルマにツッコミを入れた。
「使い過ぎたかな…」
カルマがハンドルを必死で回しながら呟く。
「軍艦から小型船が!」
竹林が軍艦の方を指さして言った。見ると、まるで軍艦を先導するように幾つかのボートが恐ろしいスピードで、海賊船を取り囲もうと海面を走ってくる。
「小型で機動力に優れる俺たちのような船には、それ以上に速い小型船で対抗か…考えたな」
磯貝がピストルに弾を装填しながら呟いた。
「しかしあんな小型船見たことがない。物凄い技術力だ」
イトナが興味津々でボートの一つを望遠鏡で観察する。
「危ねえっ!!」
村松がイトナの襟首を後ろから引っ掴んで、船の奥に引き戻した。次の瞬間、イトナが居たまさにその場所をピストルの弾が通り過ぎ、甲板に命中した。
「気をつけろバカヤロウ!!」
「まずは銃撃戦に持ち込みたいようだな」
磯貝が言った。千葉も、ありったけのピストルに次々と弾を込めながら磯貝に返事をする。
「ピストルだったら俺の出番です。片っ端から撃ち落として沈めてやる」
そして両手にピストルを持ち、狙いを定めて引き金を引いた。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!」
左右の方向から二つの悲鳴が微かに聞こえてきた。恐らく狙撃手に命中したのだろう。千葉はピストルを捨てて新しいものと取り換え、また同じように両手に一丁ずつ持って引き金を引く。
ピストルが得意なものは戦いに参加し、苦手な者はひたすら銃弾を装填する。その連携で磯貝海賊団は着実に敵を仕留めていったが、やはり狙撃の正確さ、速さで千葉に敵うものはいなかった。カルマの運転技術のおかげもあり、このまま逃げ切れるか、と思われたその時。
「千葉っ、危ない!!」
磯貝の叫ぶ声がした。はっとして、千葉が避けようとした時は遅かった、海軍兵士の撃った一発の銃弾が千葉の右手を掠めていった。
「くっ!」
千葉が
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