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暗殺教室(菅中):一房の葡萄


有島武夫とは何の関係もありません…まーた何か食ってるよ。二十ちょいくらいの菅中 in ブルゴーニュあたり。特に山はなし。淡々と、日常の一部分。
殺せんせー殺せたなら億万長者だろーに何で貧乏学生なのか、はツッコミしないでください…貧しい国に寄付でもしちゃったんじゃないですかね…あと、鵜守はガイコーカンというお仕事についてあんまり良く分かってない。


「腹減った…」
人目も憚らずにごぎゅるるると鳴る腹を押え、菅谷創介は呟いた。
家族の反対を押し切って、遠くフランスの美術大学に進学して早五年。芸術家なんてそんなものだと覚悟はしていたが、中々芽が出せずに今日も菅谷は貧乏学生をやっていた。色々な絵をひたすら描いてはみるが、大抵美術展では落選する。今ではアパートの家賃と学費と、画材代を稼ぐためのアルバイトに追われて、絵を描く時間もあまり取れなくなっていた。

これでは本末転倒だ。

そうは思うものの、誰にも頼らず一人でやっていくんだと決めたのは他でもない、自分なのだから仕方がない。親父に「もうお前なんかとは縁切りだ」とまで言われてしまった以上、家に戻ることなど出来はしない。

でも自分は、もう少しやれると思っていた。

菅谷は、夏の蜃気楼で歪む視界の中、ぼんやりと思う。

中学時代、今は亡き(というか、自分たちの手で殺してしまった)恩師は、俺の絵を認めて、喜んでくれた。

「君には才能がある。君が望むのなら、世界だって手に入れることが出来ます」

殺せんせーは、無表情にも等しいあの無機質な笑顔で言った。菅谷自身も、頭を掻いて照れ笑いしながらも内心ではやってやろう、俺には出来ると思っていた。事実、日本の高校ではどの美術展に出しても最優秀賞を総なめにし、『期待の超新星』とまで雑誌に書かれたことすらあった。それなのに。

「君の絵は、技術は素晴らしいが魂が籠っていない。これでは美しいだけのラブドールと同じだよ」

あのバーコード状に禿げあがった審査員のスケベそうな親父は、フランス人特有の鼻に付くような口調で俺の作品を批評した。

魂って、なんだよ。俺には戻る家もない、絵を描く他に生きる術も持っていない。一番俺のこと認めてくれた、そして全てを奪ってしまった恩師の言葉も、十字架のように背負っている。いつでも、誰より、極限の状態で、命すら削って描いている。あんな、隙を見ちゃ部下の女の人のおケツ触ってるような奴に俺の何が解るっていうんだ ―。

ごぎゅるるるる。

またしても、腹が鳴った。食費や趣味の費用なんかは、節約しようと思った時に真っ先に切り捨てられるものだ。菅谷はかれこれ、丸一日くらいは何も口にしていなかった。

でも、給料が入るのは明日。財布にも、銀行口座にも、精々うまい棒が買えるくらいの金しか残っていない。腹が痛くなってきた。目が、かすむ。

ふらりよろけて、砂埃の立つ道に手を付いた。

俺、ここで死ぬのかな。それは嫌だ。

最期の?力を振り絞って、顔を上げると、前には頑丈そうな石垣が聳えていた。地味で煤けた小さな木の看板には、まんま「les vignes(葡萄畑)」と書かれていた。

「…」
菅谷はふいっふいっと、周りを素早く見回す。周囲に人影はない。
菅谷は、昔散々叩き込まれたフリーランニングの動きを思い出して、素早く石垣の上によじ登る。数メートルも離れていないところに生えている葡萄の木の列には、丸々とその実を肥らせ艶やかな漆黒に染まった葡萄の房が、たわわに、瑞々しくぶら下がっていた。
涎が、つうと口の端から一筋、零れる。

「イエス様仏様アラー様八百万の神様、どうかどうか見逃してください…!!」

普段どれにも祈ったことのない神様たちに必死で頭を下げながら、菅谷は畑に降りる。そして、ポケットからナイフを取り出し、一番近くの木の低いところに生っている一房をさっと刈り取る。そして急いで石垣によじ登ると、ぴょんと元いた道路に飛び降りた。

ミッション・コンプリート!!

「あれ、もしかして菅谷?」
すぐ後ろで、人の声がした。背筋を、すぅっと冷たいものが流れ落ちる。
「すっ、すいませんすいません!!腹が減ってでも金がなくて仕方なく!!何でもしますからどうか警察や大学には…」
菅谷は日本語でまくしたてていることにも気づかずただ無我夢中でその場に額づき、土下座した。
「菅谷っ、フランス人だったら土下座通用しないから。私だよ、覚えてるでしょ?」
目の前の彼女は、菅谷と同じ綺麗な日本語で言った。
「すいませんすいませ…あれ?」
菅谷はぺこぺこするのを止めて、顔を上げた。そこには、懐かしい人が昔と変わらぬ、でももっとずっと美しくなった姿で、柔らかく笑っていた。
「…中村?」


「あっはっはっはっはっ!!」
菅谷が何をしていたのか、訊き終えた莉桜は、豪快に腹を抱えて大爆笑した。
「…笑い事じゃねえよ…」
菅谷は真っ赤になって、白いテーブルクロスの掛けられた木のテーブルに肘をつく。菅谷は、莉桜の住んでいるアパートの部屋に連れてこられ、そのまま彼女の質問攻めにあったのだ。莉桜は、お洒落なパステルカラーの、ところどころにハーブでできたブーケやリースが飾られた台所で火にかけた鍋をかき混ぜながらまだ笑っていた。
「ごめんごめん。…でも菅谷…プッ…あんたらしいね、絵とかバイトにかまけて生命維持おろそかにするとかさー」
「…」
菅谷は莉桜を睨み付ける。ごぎゅるるる。次第に漂ってきた肉の煮えるいい匂いに、またしても腹が鳴る。忌々しいので、持ってきてしまった葡萄の実を一粒毟り取って口に放り込む。しかし、すぐに吐き出してしまった。
「…渋っ!!そして酸っぺぇ!!」
その様子を愉しそうにみていた莉桜はまた笑う。
「ワイン用の葡萄だから渋いと思うわよ~?まあ、もう五分くらいおとなしく待ってなさい、莉桜様特製のブルゴーニュ料理振る舞ってあげるから」
「…」

中学生時代。あの三年E組の、二学期に差し掛かったあたりから、菅谷と莉桜は付き合い始めた。「大金稼ぎの一等地」にいた故に、勉強と殺せんせー暗殺だけではない、強制的に色んな人たちと関わらされ、時には命を懸けて戦わなければならなかった、嵐のような日々。当時はあまり意識していなかったけれど、やはり怖かったのかもしれない。吊り橋効果とでも言うのだろうか、命を常に危険に晒される緊張感と、思春期で一番異性に興味があるお年頃だったこと、そして他とは隔離された環境だったことが原因で、あのクラスでは普通では考えられないくらい多くのカップルが出来た。その殆どが、今でも続いてついにゴールインした人たちもいる、と風の噂で耳にした。しかし、菅谷と莉桜は、別々の高校に進学して、それぞれの夢を追いかけだして、元々お互いにべったり依存したいタイプではなかったこともあって、どちらからともなくフェードアウトしていった。そして今、五年以上の時を経て、日本からは遠く離れたフランスの田舎町で、再会した。

…元気そうだな。

鼻歌を歌いながら鍋とは別に、フライパンを火にかけて何やらじゃりっじゃりっと掻き回している莉桜の背中を見ながら、菅谷は思った。

「はいっ、完成!!」
莉桜がテーブルの上に並べてくれた、いくつもの大皿に盛られた料理を見て、菅谷の瞳は輝いた。
「すっげ~…」
牛肉の赤ワイン煮。エスカルゴのハーブバター焼き。真っ赤に輝くザリガニの塩茹で。ジャガイモのサラダ。色鮮やかな料理たちが、ステキな香りと共に腹ペコの菅谷に自己主張してくる。
「お前、すっかりフランス人だな」
莉桜は自慢げなのを隠そうともせず、口角をニッと上げて笑う。
「まあ、本当のところは昨日友達と飲みした時の残りものだけどね。ザリガニはマリーの持ってきた料理だし」
「それでもすげえよ。いただきます」
菅谷は手を合わせて、牛肉をナイフとフォークで切って口に運ぶ。甘い脂とゼラチン質が、舌の上でとろりと蕩ける。
「うめえ!!」
菅谷はつい叫んでしまう。だって、ここまでまともで、食事の体を成しているものを口にしたのすら何か月振りだろう。ましてや極上のブルゴーニュ料理だ、中村の作った料理だ。
莉桜は冷えた白ワインを注いだグラスを緩やかに振りながら、満足そうに笑った。

「そういやお前今、何してんの?外交官になりたいとか言ってなかったっけ?」
腹一杯食べ終わり、鍋や食器を洗う莉桜の横に立って布巾で洗い終わったものを拭いてやりながら、菅谷は訊いた。莉桜は食器にたっぷりつけた洗剤の泡を流しながら、答える。
「見ての通り、留学生よ。去年、何とか国Ⅰ受かってさ。フランス語マスターと文化の勉強のためにここに回されたってわけ」
「…すっげえ…」
菅谷は、何度目かわからないが感嘆の声を挙げる。莉桜は「恥ずいじゃん」といって苦笑いしている。
ヒヨコの絵が胸元に小さく描かれたピンクのエプロンをして、おおざっぱに長い金髪をアップにしている莉桜は、どこからどうみたってそんなエリートキャリアウーマンになんか見えない。しかし、ギャル英語なんてあだ名されて、自分より背丈が小さい可愛らしい男子たちにちょっかいだすのが趣味だった彼女は、確かに夢の第一歩を踏み出していたのだ。

…比べて俺はどうだろう?
狭っ苦しい日本で得られた程度の名声で天狗になって、親に威勢の良いセリフ言って飛び出してはきたものの、結局やってることは最底辺の貧乏学生。ここに来た当初よりめっきり発表数が少なくなった作品は、本当は自分でも解ってる、どれもぱっとしない。絵に対する情熱も下火になってきて、この年で今から日本に帰って出来る仕事が俺にあるだろうかと、そんなことばかり考えている…。

「ねえ菅谷」
莉桜に突然声を掛けられて、はっと我に返る。
「なんだよ」
莉桜はシンクの周りに飛び散った水滴を、綺麗に拭き取っていた。菅谷の目の前には洗い終わった皿がてんこ盛りになっている。
「また、絵を描いてよ。お皿は、後で私が拭くからさ」
急いでびしょ濡れの布巾を振って、皿を拭こうとした菅谷の手を止めて莉桜は言う。菅谷は頷きながら布巾を絞って広げて置いた。
「ん、いいよ。何を描く?」
「何でも…そうね、あの葡萄とか」

「凄い、そっくり!!」
パンの紙袋に描き終わった葡萄を見て、莉桜が子供のように目を輝かせて手を叩く。
「これくらいはさ。いちおー、それで飯食っていくのが希望だし」
やや自虐的な調子で言いながらも、菅谷は久しく聴いていない褒め言葉に気を良くしていた。
「よっしゃ、じゃあ次ピカソ風に」
莉桜は楽しそうに所望する。
「葡萄を何でピカソ風に描かなきゃなんねーんだよ!」
「いいじゃん、なんかカクカクさせとけばピカソになるんでしょー」
「お前ピカソ先生舐めんな」
そんな馬鹿げた会話をしながらも、菅谷はどんな絵だって一生懸命、描いてやる。

こんなに、自分の絵を喜んでもらえたのはいつ振りだろう?こんなに、絵を描くのが楽しいと思えたのはいつ振りだろう?
クソ高い絵具も嵩張るカンバスも無い、どこにでもあるHBの鉛筆で、捨てられるしかもう用のないガサガサの茶色い紙袋に、戯れに描いているだけなのに。

「あー、元気出た」
莉桜は屈託の無い笑顔で笑っていた。部屋中に散らばった紙袋を集めて片付けながら菅谷が不思議そうに見ているのを気づくと、莉桜は言った。
「ちょーっと最近、疲れ気味でさ。ほら、私ってつい、深く考えないで喋っちゃうこともあるじゃん。外交官がそれやっちゃ、大問題になるわけよ。だからいっつもニコニコして、誰に本音も言えなくて。ホームシックにもなるしさぁ…。憧れてた仕事だけど、時々ムショーにしんどくなるのよね…」
「…」
菅谷は何も言えなかった。

元気そう。そう見せていただけだった。いや、確かに元気ではあるんだろうけど、まるっきり全部上手くいってて絶好調!なんてある訳ない。
そんな当たり前のことにも気づかなかった。莉桜の笑顔に安堵しつつも、どこか、「コイツは何でも上手いこと事が運んで羨ましい」、と思っていた。
菅谷はそれを、心から恥じた。
「…ごめん」
「何が?」
莉桜はあっけらかーんと聞き返した。
「…でもさ、やっぱり好きだから。E組のみんなで必死に守った日本を、世界を、もっともっと良くしていきたいから。私、まだまだ頑張るよ。」

そう言って、白くて細い腕に力こぶを作って見せる中村莉桜は、美しかった。きらりと光る切れ長の瞳は、形の良い唇が描く三日月は、すっと通った真っ直ぐな鼻筋は、あまりにも尊くて美しかった。

菅谷は、ふっと微笑んだ。

「莉桜」
莉桜はビックリして目を見開いた。菅谷に名前で呼ばれるのは久し振りだったからだ。
それに構わず、菅谷は続けた。
「ちょっと今から時間あるか?お前の絵を描こうと思うんだけど」
「え、ヌード?!いやいや困るから、最近ムダ毛とかあんまりちゃんと処理してなくて…」
「誰が脱げっつったよ」
胸の前で両手をクロスさせて慌てる莉桜に、菅谷はツッコミを入れる。
「なんだ」
残念そうに唇を尖らせる莉桜を無視して、菅谷はカバンを漁り、小さなカンバスと古いパンの切れ端と、色の濃い鉛筆を数本取り出した。
「今、輝いてるお前を描きとめておきたいんだ。そうすれば、会えなくても俺はまた頑張れる。絵を描いて楽しいと思ったことを、思い出せる。」
「別に、いつでも会いに来ればいいじゃん」
「バッカ、いつでも会っちゃったら俺甘えちゃうかもしれねーよ。世界で活躍するお前と釣り合うくらい、すげー画家になったら、また会いに来るから」
そう言いながら、菅谷はもうカンバスに鉛筆を走らせている。黒鉛が、少しずつ少しずつ、莉桜の美しい顔かたちをカンバスの上に再現していく。
「…そっか」
莉桜はくしゃりと笑って、それからわざとらしく腕を組んでふんぞり返って椅子に座った。

「あー、バカ、動くなって」
「上手く描きたまえよ菅谷君。あ、あと今日の食事代は次会った時にラデュレのマカロン奢ってくれればそれでいいから」
「…タダじゃねえのかよ…」

午後四時の陽を浴びて、葡萄の房は変わらない瑞々しさで黒く輝いていた。

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