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暗殺教室(吉原):檸檬~吉田寿美鈴の素晴らしくトラブルな日常~

Not梶井基次郎。子供や旦那さんに煩わされる寿美鈴さんのお話。山のないなだらかな日常の一部。未来捏造。吉原始め、「彼」と「彼女」の子供とか、「彼」と名も知らぬステキな奥方の子供とか、私が思い描いた通り勝手に作ってますが、ほんのお遊びみたいなものなので悪しからず。


レースのカーテンを掛けた窓から差し込む、白い日差し。遠く聞こえるクマゼミの声。…夏、真っ盛り。
吉田寿美鈴はようやっと家の掃除を終え、タオルで汗を拭きながら、白を基調とした清潔感のある、広い台所に向かう。壁に掛けてある、丸くて黄色い時計は、11時20分を指していた。
…もうすぐ昼食の時間だ。

遅くなっちゃったけど、何ならすぐに作れるだろう?家庭菜園で採れたトマトとかナスとかズッキーニがまだ余ってたっけ。それ全部刻んでドライカレーにしちゃおうか。

寿美鈴は冷蔵庫の野菜室を開けて、使いかけの野菜の断片をいくつか取り出した。使い込まれたまな板と、すっかり手になじんだ包丁で、手際よく材料をみじん切りにしていく。たんたんたんたん、小気味いい音が台所に響いた。

料理をするのは、やっぱり好きだ。他の家事と違って、苦労の成果が分かりやすく出るからだ。みんなにも、喜んで貰えやすいし。自分も、食べることが好きだし。

ひき肉と刻んだ野菜を、テフロン加工が禿げかけたフライパンに全部放り込み、カレー粉で炒める。木べらを使ってよく混ぜて、万遍なく。全体的に油を吸ってしんなりして、ターメリック色に染まったら、赤ワインとトマトの缶詰、隠し味にいくつかの調味料を入れて、蓋をして煮込む。そうそう、ローリエも忘れずに。

煮詰まって、味が馴染むまで、少し時間が空いてしまった。やれることはないだろうか?

寿美鈴はきょろきょろと周りを見回す。台所も、ダイニングも、掃除したばかりのこの家はどこもかしこも綺麗で、やるべき仕事は残されてはいなかった。

手持無沙汰に腕を組んだ寿美鈴の視界の端に飛び込んできたのは、キッチンの窓近く、中庭に生えている、檸檬の木だった。栽培十年目の檸檬。大切に世話をしてきた甲斐あって、大分沢山の実を結ぶようになった。
寿美鈴は微笑んで、縁側からサンダルを履いて外に出る。そして檸檬の木の傍にしゃがんで、囁いた。
「今日も素敵ね」
寿美鈴はエプロンのポケットから園芸用の鋏を取り出して、よく熟れた黄色い果実を一つ選んでぷちりと切り取る。台所に戻って、檸檬を二つに切って、ガラスの絞り器に押し付けて絞れば、鮮烈な香りが果汁と一緒にはじけ飛んだ。

椚が丘市の、曲名はわからないが何とも切なげな曲調の、お昼のチャイムが流れてきた。同時に、玄関の引き戸がガラガラ、と開く音がした。
「ただいまぁ」
慌てて出迎えると、ツナギ姿でオイルの匂いを纏った、夫の大成がスニーカーを脱いでいるところだった。
「お帰りなさい。早かったわね」
「おう。カレー?」
部屋中に漂う香辛料の香りに、大成は驚いたような顔をして訊いてくる。
「ドライカレーの方だけどね。簡単なもので、すみませんね」
寿美鈴は台所に戻り、皿を用意しながら答えた。
「いや、逆だよ。昼飯なんだし、もっと簡単なモノでもいいのに」
そうは言うものの昔っからの好物だからか、大成の表情は僅かにほころんでいる。寿美鈴もふふっと笑って、皿に炊き立てのご飯とルウを盛り付けた。

久し振りにちょっと、新婚さん気分。

何だか部屋中を、甘い空気が満たしかけた、その時。
「ただいまあ!!」
「ただいま!!」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「こんちはー!」
ガラガラガラ、バターンと壊れるんじゃないかと思うくらい乱暴な音を立てて、再び玄関の戸が開いた。そして間を空けず、わらわらと子供たちが五人、プール帰りの塩素臭を撒き散らしながら家の中に入ってきた。
「母ちゃん、腹減ったー」
つんつん短い髪に日焼けした肌、父親そっくりの端正な顔立ち。吉田家の長男・大寿(たいじゅ)が先頭だ。
「わーいカレーだぁ」
母親が手に持った皿を見て、短いツインテールの可愛い大寿の妹、成美(なるみ)が歓声を上げる。それから後ろに並んでいる自分より年上の少女たち二人と、パチパチとハイタッチをした。

…決して迷惑じゃない、寧ろ大寿や成美と同じくらいには大切に思っている子供たちだ、しかし。

「あら、綾(あや)成(な)ちゃん瑞綺(みずき)ちゃん海舟くんいらっしゃい」
それぞれ中学時代以来の親友たちの面影を持つ子供たちに笑顔であいさつした後、寿美鈴は冷蔵庫を開けようとする大寿を捕まえ、小さい声で注意した。
「お友達を連れてくるときは一言連絡してって何度も言ってるでしょ?」
「だってプールで会っちゃったんだもん。それに遊びに来たんじゃないよ」
大寿は唇を尖らせて言う。彼が口答えせずに母親の言うことを素直に聞いてくれたことは、一度もない。
「お兄ちゃんたち宿題しにきたのよね」
成美はいつでもお兄ちゃんの味方だ。
「その前におばさん、腹減ったー」
THE・ガキ大将といった風情の、大柄で刈り上げ頭の少年・海舟が言った。
「お昼ね、…でも七人分…あるかなあ…」
寿美鈴はフライパンの中を覗き込む。ドライカレーは精々一家四人が食べるのにやっとくらいしか作っていない。
「あの、お昼他所で食べてきますから」
海舟の脇を肘で小突きながら、淡い色のショートヘアに大きな目をした少女、綾成が気を遣う。
「私あんまり食べないし」
黒い巻き毛と下まつ毛が印象的な細身の少女、瑞綺も重ねて言った。
「昨日の夕飯の残りが色々あったじゃねーか、それ出してやれよ」
既にテーブルについている大成が待ちかねてか口を挟んできた。子供たちを気遣ってと言うよりは「何でもいいから早くメシにしてくれ」というような意図を大成の口調から感じ取った寿美鈴は、ついに声を荒げて怒った。
「あなた、そう言うなら手伝って下さいな!!」

結局食卓には、ドライカレーの他にポテトサラダ、胡瓜の浅漬け、うぐいす豆、エビフライ、西瓜と豪華かつ雑多な食べ物たちが並んだ。ドライカレーの煮込み時間中にさっと作ったレモネードも忘れずに。
それでも子供たちも大成も、目を輝かせて手を合わせた。
「いっただっきまーす!!!!」

かちゃかちゃと皿とスプーンが触れ合う音。氷とグラスが触れ合う怜悧な音。誰も集中しては観ていないが、テレビからはBGMのようにニュースキャスターの声が流れてくる。
「そういえば大ちゃん、まだ宿題終わってなかったのね?」
寿美鈴が大寿に訊いた。お客さんがいるのであまりおおっぴらに叱ることは出来ないが、ちょっとトゲのある口調を隠さなかった。大寿は事もなげに答える。
「今日みんなときょーりょくしてやるから良いんだもん」
「算数と自由工作はあやちゃんに手伝って貰って~、国語はみーちゃんに手伝って貰って~」
成美が説明を買って出る。
「お前と海舟は何担当なんだよ」
大成が息子に訊く。大寿は海舟と顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「俺ら遊ぶの担当」
「なー」
だははははと笑うクソガキ共二人に、寿美鈴は額を押えてため息を吐く。大成もこれには「いつの時代も男って生き物はバカなんだな」と苦笑いした。

「大寿これあげる、最後のプロペラ部分だけ取り付ければ自由工作完成だから」
食事が大体終わり、男の子たちが半分席を立って遊び始めた頃、綾成がシンプルな顔のキャラクターがプリントされたトートバッグからラジコンのヘリコプターを取り出して言った。
「…」
「ありがとー!さっすが綾成」
「わーいいなあ、俺も欲しい」
「海舟はダメ、同じ学年で三人もラジコン作ってきたら怪しまれるでしょ!」
「ちぇ、ケチ」
あまりのことに言葉を失う寿美鈴を置いて、子供たちの間で会話は進む。おまけに大成まで参加して、「ちょっと貸してみ」とヘリコプターを手に取って、矯めつ眇めつあらゆる角度で眺めながら感嘆の声を上げた。
「いや凄い、ホントに良く出来てんな、おめー親父さんより器用なんじゃねーか?ウチの従業員に欲しいくらいだ」
「あなたっ!」
夫を一喝して一度黙らせ、寿美鈴は綾成と目線を合わせる。
「綾成ちゃん、大寿の宿題手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、代わりにやっちゃうのはどうかなと思うの」
「…友達には優しくしなさいって、お父さん言ってた」
綾成は寿美鈴から視線を床に逸らしながら呟いた。どうやら自分でもあまり良くないことだと解ってはいるらしい。
「綾成はねえ、こーゆーのは教えるより自分でとっととやっちゃいたいタイプなのよ。私付き合い長いからわかる」
瑞綺は若かりし頃の母親によく似た顔でクックックッと笑う。
専門的な知識の必要な電子工作を教えるのは難しいが、友達に何かはしてやりたい。綾成の気持ちがよく解り、寿美鈴は切なくも微笑ましいような気分になる。しかし、言うべきことはちゃんと教えなければならない。
「でもね、お父さんが言ってた『優しくしなさい』はそういうことじゃないと思うな。全部やってもらったら、本当の意味で大寿のためにはならないでしょ?」
「…うん」
綾成が頷いた。寿美鈴は綾成のサラサラの髪をちょっとだけ撫でて、アドバイスをした。
「もっと簡単な、大寿と一緒にやれる題材を選んでみたらどうかな?この前テレビでやってたんだけど、レモンと硬貨で電池が作れるんだって。レモンならいっぱいあるし、そんなのにしたら?」
「えーそんなダサイのやだー、綾成が作ってきてくれたんだからそれでいいじゃん、俺もラクしたいし」
海舟と『仮面なんちゃら』の技のかけあいっこをしていた大寿が言った。
「そーそー、自由工作なんてテキトーで良いんだよテキトーで」
大成まで口を挟む。
「…」
寿美鈴は夫と息子をすぅっと、冷えた視線で見据える。
「…お、俺午後の仕事行くわ」
妻を取り巻き出した不穏な空気を感じ取った大成は、そろーりとダイニングを後にした。

大成が出かけた後、子供たちも宿題(本当のところはゲームかもしれないが)をするために大寿の部屋に引っ込んだ。きゃいきゃいと甲高い騒ぎ声が微かに二階から響いてくる(勉強しているはずなのに何故?!)のを聞きながら、寿美鈴はテーブルの上のお皿や残り物を片付ける。

全く、大寿には困ったものだわ。素直に言うこと訊いてくれた試しがないし。一体誰に似たんだろう?…私たちだ。

寿美鈴は大量に残された食器やフライパンたちをがしゃがしゃと洗いながらため息を吐く。

子供を産んでから何度となく思ったことだけど、子育てってこんなにも思い通りにならず、大変なモノなんだ。野菜や果物なら、そりゃあ天候や病気に左右されることも多くあるけれど、正しい方法で大切に世話してやればその分だけ沢山実ってくれる。でも人間の子供は違う。
きっと私の両親もそう思いながら私を育ててくれたんだわ。自分が出来なかったこと、親から言われていたのにしなくて後から後悔したこと、今度はさせてやりたくて、人生失敗したなんて、ちっとも思ったりしないようにって。

でも悲しいかな、やっぱり時代は繰り返す。

夏の午後の温い風は、眠気を誘う。洗い物を終えた寿美鈴は、なんだかどっと疲れてしまい、濡れた手をタオルで拭くと中庭の見える縁側に座り込んだ。

草の蒸れる青い香りが漂ってくる。夏の中庭は、とても彩り豊かだ。寿美鈴が大切に作り上げてきた、小さくも多種多様な作物を実らせる菜園。これも彼女の宝物である。
濃い緑の中で目立つ、ルビーみたいに煌めく赤いトマト、黒々と輝くナス、艶やかに膨らんだ黄金色のパプリカ。その根元には、赤シソ、チャイブ、バジルといったハーブ類が所狭しと茂っていた。
きゅうりは…そろそろ終わりっぽいな。あの最後の二本を収穫したら、可哀想だけど抜いてしまおう。
そんなことを考えているあいだにも、容赦なく瞼は落ちてくる。洗濯物取り込まなきゃとか、ジュースやお菓子を子供たちに持っていかなきゃとか、まだまだ仕事は一杯あるのに、身体がどうしても動かなかった。意識が時々、途切れる。
年かなあ、と寿美鈴はぼんやり思った。
子供たちが居るけど、大きな悪戯や危ないことはもう長いことされてないし、多分大丈夫だろう。
二時まで、と寿美鈴は決めて、木の匂いのする硬い廊下に横たわった。
庭の隅に生えている、栽培十年目の檸檬と七年目の桃が、温い微風にさわさわと葉をなびかせた。

「母ちゃん」
暫くして、頭の上から息子の声がした。
「大寿?…もう二時?」
目を開けることも出来ないまま、寿美鈴は訊いた。大寿は答える。
「まだ一時四十五分だよ」
それだけ言って、大寿の軽い足音がパタパタとどこかに遠ざかって行った。
「…?」
どうしたんだろう?早くもお腹が空いたかな?
夢心地の意識の片隅で、寿美鈴が考えていると、またパタパタと足音が近づいてきた。
「おやつは、三時まで待っててよ。クッキーでも焼いて持ってってあげるから」
横になったまま、すぐ近くに立っているであろう大寿に言う。大寿は言った、
「いいよ、自分でテキトーにあるもの持ってくし」
それから、何かが寿美鈴の身体に掛けられた。薄目を開けてみると、それは大きなバスタオルだった。驚いて身体を起こし、振り向くと、そこにはもう大寿の姿は見えなかった。とんとんとん、と階段を駆け上がっていく音がする。
「…」
洗剤由来のレモン香料の香りがする、バスタオルを抱きしめ、それから寿美鈴は苦笑した。

もう、何でもいいや。健やかで、いつも笑顔で幸せであればそれで。
でも贅沢言うならクッションとかも持ってきて欲しかったな。



子供たちは勉強はそこそこにおやつを食べ、ゲームをして、菜園の摘んでもいいと寿美鈴に言われた草花で遊んだりして、あっという間に時間が過ぎた。五時になって、瑞綺の携帯に父親からメールが来たのをきっかけに、子供たちをそれぞれの家に送り届けることにした。仕事が終わった大成、寿美鈴、大寿に成美、全員揃って、ワゴン車に乗って家を出る。

「なー、今度の日曜日、みんなでバーベキューしに行こーぜー、おじさんおばさんたちも誘ってさあ」
大寿が言った。大成がハンドルを握りながら答えた。
「おー、良いなあ。おじさんおばさんは、…みんな忙しいから無理かもしれねえけど」
「じゃあ俺肉なー」
「鶏肉ー」
「私果物ー」
「あたし甘いのー」
他の子供たちからポイポイポーイと希望が上がる。
「で、結局準備するのは私なのよね」
寿美鈴が苦笑いする。

一人、また一人と家に帰し、車内は次第に静かになる。一番遠い寺坂家からもそんなに距離がある訳ではないが、全員送り返して帰り道に差し掛かる頃には大寿、成美の二人とも、疲れて眠ってしまった。
「眠ってりゃ可愛いのにな」
信号待ちで停まっている時、大成が後部座席を見ながら笑って言った。
「もー、ホントに」
寿美鈴もくすくす笑う。
「夏休みでこいつら居ると、大変でしょうがねーだろ」
「大きい子供で慣れてますから、大丈夫よ」
澄ました顔で返され、大成は言葉に詰まってしまう。
「…今度のバーベキュー、ホントにやるなら俺が準備するから寿美鈴は休んでろよ」
随分久し振りに気を遣ってくれる大成に寿美鈴はちょっと皮肉気味に答える。
「あら、珍しい」
それから続けて言った、
「それじゃあ、炭とか、コンロの準備をお願いしようかしら。料理は私やるわよ」
「それじゃお前休めねえじゃねーか…」
信号が青に変わる。大成はアクセルを踏み、車を発進させた。

寿美鈴の日常は、今や家族を中心に回っている。時にワガママだったり、時に無神経だったりする彼らに悩まされることも多いが、彼らの笑顔が同時に薬箱(レメディ)でもある。

鶏肉はジャークチキンの下味をつけて持っていこう。果物は…最近高いからウチで採れるもの中心に。甘いのって…マシュマロとかそんなののことかしら?後で成美に訊いてみよう。大人組が来られるなら、お酒も用意しなきゃね。サングリアとかどうだろう?

疲れることもあるけれど、それが彼女の、素晴らしくトラブルな毎日である。
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